熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 それもそのはずだ。どう考えても、架純の突然の行動に彼が戸惑わないわけがない。
 引き続きなんて言ったらいいか考えあぐねていると、
「今日はその件でここに来たんじゃないから気にしなくていい。ただ、このあと、何も予定がなければ、少し俺に時間をもらえないか?」
「えっと」
「少し近くでお茶をするだけ。そのあと、君を送っていくよ」
 理人がいつもと変わりなく接してくれたおかげか、拒む気持ちはわかなかった。
「わかりました」
 少しだけなら、と架純は了承する。
 心の中で嬉しい、という気持ちが一瞬よぎったことを慌てて戒める。それじゃあ転院を決めた意味がない。
 理人が架純を誘ったのは、ただお茶がしたかっただけのはずがない。彼はやっぱり架純の様子を気にしているのかもしれない。この間は医師として受け入れざるを得なかったのかもしれないが、彼個人としては紹介状を書いておしまいというわけにはいかないのだろう。今まで架純を気にしてくれていた彼のことを思えば当然の話だ。
(でも……もしも理由を聞かれたら、なんて答えたらいいの)
 理人は優秀な医師だ。心臓外科医として着実に腕を磨き実績を積んできている。院長にも信頼をされている。彼を慕う医師が多くいる。彼にしかできない手術があるという。きっと架純が患っている心臓病に誰より詳しいのは彼だ。それなのにわざわざ他に転院する理由がない。
 そして在宅で仕事をしている架純がどこかに転居する理由もない。彼からしてみたら不可解な話でしかないだろう。
(ごめんなさい。私は……自分の心を守りたいと思ったんです。心臓の病からではなく……それ以上に今は辛い、恋の病から……)
 理人のことが好きだから辛い。
 好きなのに想いを告げられないのが辛い。
 好きだから彼が新しい婚約者と一緒にいるところを見てしまうのが辛い。
 彼の幸せを願いたいのに、彼がその人と幸せにしている様子を見るのが辛い。
 きっと、そんな様子を見てしまったら、息の根が止まってしまう。
 架純が現実に抱えている病とけっして比較できるものではないけれど、この恋の病だってそれほど苦しいものなのだ。
(その理由じゃ、納得してもらえませんか……?)
 医事課で紹介状を受け取ってから、架純は理人の運転する車に乗った。近場の新しくできたカフェに連れていってくれるという話だった。
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