熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 到着した店は、明治モダンな雰囲気のカフェだった。薔薇窓から差し込む午後の光が心地よく、まばらにいる人はゆったりと寛ぎ、着物にフリルのエプロンをつけた店員が、銀色のトレンチを持ってコーヒーや紅茶、それからパフェに抹茶あんみつなどをのせて運んでいる。
 二人は奥まった窓際の席に座った。
「何がいい? 好きなものを頼んでいいよ」
 遠慮するのは無粋だと思ったので、架純は素直にメニューを見ることにした。
「じゃあ、紅茶とプリンアラモードのセットにします」
「俺は珈琲と抹茶あんみつのセットにしようかな」
 さっそく理人が店員を呼んで二人分の注文を頼んでくれた。
「いい雰囲気……日本の伝統の文化を取り入れた感じで、外国のお客さんも多いですね」
 英語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語……翻訳の仕事をしている架純は、耳に慣れた言葉を拾いながら店内を見渡した。架純は大学では英語の他にフランス語とドイツ語そして中国語を専攻したが、中国語はまだなかなか慣れない。
「観光地からは離れているから、ちょっとした穴場になっているみたいだよ。ゆったり過ごせるのがいい」
 しばしそうして二人して感想を言い合ってから、先に飲み物が運ばれてきたタイミングで、理人が架純の方に向き直った。自然と架純の背筋も伸びる。
「この度は、不甲斐ない医師ですまない」
 そう言って理人が頭を垂れたことに、架純は驚いて腰を浮かしそうになった。
「そんな!」
「君の抱えているものを少しでも楽にできればと思って向き合ってきたつもりだったが、力不足だった」
 その場から動かないまま理人は謝罪を続けた。
 架純はどうしていいかわからなくなって身振り手振りを動かすだけだった。
「待ってください。今回のことは、先生のせいじゃありませんから。私が勝手に決めたことなんです」
 理人に何を追及されるかと構えていた自分が恥ずかしい。そうだった。理人はいつも架純のことを優先に考えてくれる人だった。彼が自分を責めることなどわかっていたようなものだったのに。そんなふうに彼に思わせてしまったことを架純は悔いた。
「先生、か」
 顔を上げ、なんともいえない複雑な表情を覗かせた理人の、その心が知りたいと架純は思った。
(理人さん……)
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