熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
「件の紹介した先生はしばらく他の病院にいたんだが、最近またこっちに戻ってきた。俺の恩師でもあるんだ。腕は確かだし、しっかりと診てくれるはずだから安心していい」
 理人がそういうのなら間違いないのだろう。
「……はい」
「じゃあ、食べようか」
 彼が微笑んでフォークを持つ。架純も彼にならってスプーンを持った。
 ――でも、本当は、先生の側にいたいんです。
 ――理人さんに診てもらっていたかったです。
 ――何か理由があれば、側にいられるんじゃないかと思っていました。
 水泡のように次々に喉のあたりまでこみ上げてくる本音のひとつひとつを、架純は必死に押さえつける。そうして我慢していたら。涙に変わってしまいそうで、架純は慌てて目の前の紅茶を飲みほした。
 プリンと抹茶あんみつ、それぞれがスイーツを食べ終わるまで、彼は同期の医師の話や恩師にまつわる思い出などを話してくれた。
 きっと架純がリラックスできるように気遣ってくれているのだろう。それが伝わってきたから、架純は微笑んで頷くだけに留めた。
「――ごちそうさまでした。美味しかったです」
 店を出てから架純は理人にお礼を告げた。
 理人は助手席のドアを開いて架純のシートベルトまで締めてくれる。彼は医師である以前に相変らず紳士だ。それはいうならば高辻家の御曹司として当然のように染み付いたものでもあるのかもしれない。
 品のいい香りがふわりと漂った。病院にいるときのレモンとは違う、大人の清潔感のあるトワレの香りだ。
 理人は助手席のドアを締める間際に、架純の方を見つめた。
「また、君を誘うよ」
 まさか彼の口からそんな言葉が出るとは思ってもみなくて、でも、と架純は唇を動かしかけた。
 理人には縁談の話がある。結婚を考えている人がいるような噂があったのにどうして誘ってくれるのだろう。
 追及する間もなく、理人は運転席に戻ってしまう。それからハンドルを握ってエンジンをかけると、ゆっくりと車を走らせた。
 架純はシートベルトに思わず手を添えた。まだ彼が近づいたときの香りがすぐ側にあって、鼓動が遅れてドキドキと高鳴っていく。
 ふと運転している理人の方を見て、彼の真剣な顔をした横顔はやっぱり素敵だなと思ってしまった。
 きっと彼をすぐに忘れることなんてできない。できそうになんてない。
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