熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
(だって、こんなにも先生が、理人さんが、好き……)
 ぽつり、と心の中に波紋を広げていく想いに、架純はため息をつく。
 最初は祖父に言われるがまま許嫁として紹介され、当然のように婚約者だと思いこんできた相手。十代の頃はそれがあたりまえのしきたりだと思い、なんの疑問も抱かなかった。架純はいわゆる箱入りのお嬢様らしく一般的な恋愛というものを知らなかったのだ。
 それが変わったのは婚約が破談になったあと、彼が医師になった日からだった。
 破談になって疎遠になるはずだったのに彼は心臓外科医として架純の前に再び姿を見せた。そのとき、架純は密かに自惚れたのだ。理人は架純のために医師になったのではないかと。そのちょっとした意識が、架純の初めての恋を意識するきっかけになったのだった。
 不思議だった。許嫁として出会った人に長らく恋を感じていなかったのに。破談になって他人になってから出会った彼に恋をすることになるなんて。
 彼が主治医になったことも運命だと思いたくなった。でも、それは架純が勝手に思いたいだけのこと。
 理人は元々医者を目指していたということは聞いていた。彼が興味を示したとして、それは架純の心臓の病の症例に過ぎない。
 わかっている。理人はやさしい。だから昔のなじみで気にかけてくれているということ。看護師たちのいうことこそ正しい。その証拠に彼には新しい縁談の話がある。勘違いしてはだめなのだ。
 バッグの中に入れていたスマホの通知が入った。チャットのメッセージのようだ。チャット友達のハルからかもしれない。あのあとの報告をまだしていなかった。あとから連絡を入れようと架純は思う。
 運転している間の理人は静かだった。時折、架純に気を配ってくれるようなことを言うくらいだ。その沈黙はやわらかなもので苦ではない。彼と一緒にいると他では得られない安堵感に包まれる。ドキドキする相手なのに安心するなんて不思議な感情だと思う。これこそが恋というものなのだろうか。
 考え事をしているうちに家の前に車が到着していた。
「架純」
 下の名前を呼ばれて架純は驚いて顔を上げた。いつぶりだろうか。そんなふうに呼ばれるのは。
 理人がシートベルトを外してくれるところだったらしい。顔が近くて固まっていると、彼はふんわりと微笑んで架純の頭にぽんと手を置いた。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
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