熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
「こちらこそ……素敵なカフェに連れていってくださり、ありがとうございました。プリンも紅茶もとっても美味しかった」
「それならよかった」
 理人はそう言い、いったん運転席からおりて助手席のドアを開けてくれる。最後まで彼は紳士だった。
 架純はあわててそろりと立ち上がった。
「また連絡する」
 架純はなんていったらいいか困った。
「連絡先、変わっていなければ」
 と、理人は言い直した。
「……変わってないです」
「俺も一緒だ。それじゃあ、また」
 理人はそう言い、運転席へと戻っていく。彼が一度こちらに向いた。
 架純は小さく手を振った。
 車はゆっくりと離れていく。その車がだんだんと小さくなって見えなくなるまで、架純は見送っていた。その間も鼓動は早鐘を打ったまま治まらない。
 車を待たせているという物理的な状況が、断る隙を与えてくれなかったとはいえ、気持ちが傾いている天秤の方にあっけなく選択肢の矢印を向けてしまった自分の不甲斐なさに、架純はまたため息をつく。
 離れなくちゃいけないと思ったから転院することを決めたのに。離れがたい気持ちばかりが次々にせり上がってくる。
「連絡……していいの?」
 タブーだと思っていたことを許可されたことに拍子抜けしてしまい、架純はしばらくその場から動くことができないでいた。
(先生、理人さん……それじゃあ困ります。心臓がこれ以上悲鳴をあげたらこの先どうしてくれるんですか。責任をとって治してくれるんですか……?)
 普段はできるはずのない八つ当たりを心の中唱えてみたところでどうしようもない。
 問題は自分の決断のタイミングの話だ。
 もっとはやく転院を決意すべきだった。
 もうとっくに手遅れのような気がしている。否、もうずっと前からそうだった。
 人生の半分以上、側にあった彼への想いを簡単に捨てることはできなくて。いつまでも未練に縛られている。この恋は架純にとって永遠に終わらない物語になるのだろうという予感はずっと胸の内側にあったのだ。
 だからこそ、せめて彼の負担にならないように、自分自身を傷つくことから目護るために行動しようとしていたのに。 


***


 バックミラー越しに理人は架純の姿を確認した。外に出たままだと心配だからすぐに家に入ってほしかったのだが、彼女はずっと理人の車を見送ってくれていた。
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