熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 ハンドルを握りながら一緒に過ごした時間を振り返る。
 遠慮がちに車に乗っていた架純が、カフェでは興味深そうな表情を浮かべたり美味しそうに食べていたりする姿を見て、理人はもっと架純の色々な顔を見たくなった。彼女の可愛らしい声をずっと聴いていたくなった。
 離れていく……とわかったとき、自分の中に芽生えたものが何なのか、理人は改めて思い知らされていた。
 燃えるような熱が内側からふつふつと滾ってこみ上げてきては自分の心を縛り付ける。それは彼女への執着心だった。
 なんて身勝手な感情なのだろうか。架純のことを思えば、医師として力になることだけに集中していたかった。見守る責任があると思い込んでいた。だが、それはエゴでしかなかった。
 結局のところ、自分が、いつまでも架純のことを診ていたかったのだ。そして、医師としてだけではなく目の届く範囲に架純のことを置いて、彼女をずっと凝視めていたかったのだ。
 ハンドルを握る手に知らずのうちにギリっと力がこもる。もどかしさをどう吐き出していいかわからずに側にあったミントキャンディを口の中に放り込み、ため息に変えた。
 医師である自分は、平静を取り繕うことがいつからかうまくなっていた。元々、あまり感情を顔には出さないタイプではあったが、医療現場に立ち続けるうちに、患者のために感情に蓋をすることが多くなった。いわゆる職業病、慣れのようなもの。それはある意味、架純を前にしたときに役に立つスキルではあったが、それでも彼女を前にするとうまく立ち回っていられたか、あとで振り返って自信がなくなることがある。
(君が幸せになることを願っていた。諦める人生じゃなくて、未来を望める人生をあげたかったんだ)
 でも、彼女がその未来を共に歩む相手は、自分ではないはずだった。もうとっくに昔の縁は切れている。繋ぎ留めておけるのは、医師と患者という関係だけ。だから、彼女が紹介状を受け取って転院してしまえば、もう何もなくなってしまう。
 無論、彼女が通いやすい場所で、恩師のいる病院を紹介したのは医師として正しい選択の一つだった。その病院に訪れることはできるだろう。でも、彼女と直接関わることはもうできない。
 理由がなければもう側にいることは叶わない。
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