熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
「では、お気をつけていってらっしゃいませ。架純お嬢様」
「行ってきます」
 渋々といった様子が見荒れたものの、それでもいつも出かけるときみたいに町田は見送ってくれた。
 架純はつばの広い帽子をかぶり、腕にはフリルのアームカバーを着用した。陽射しは相変らず強くなってきたけれど、気温は低めだったので爽やかな風が通り抜けていくのが心地よい。
 車で迎えに行くと言ってくれた理人に、架純は駅で待ち合わせがしたいと告げた。
 カフェに誘われた日のことを思い出すと、平常心のまま助手席に乗れる自信がなかったからだ。
(理人さんが変に誤解しないといいけれど……)
 彼の車に乗ること、助手席に座ることが嫌なのではない。あくまで親密な空気になりやすい密室の空間を避けたいと思ったのだ。
(顔に出てしまうかもしれないもの)
 けれど、車を避けたとしてもあまり意味がなかったことにすぐ思い知らされる。
 駅前で待っていた理人をまっさきに見つけた瞬間、胸の内側がきゅっと締め付けられた。自分のために待っていてくれている彼の姿に見事にときめいてしまったのだ。
 その上、彼が顔を上げて架純のことを同じように見つけて笑顔で手を振ってくれたことが、どうしようもなく嬉しくて。無意識のうちに彼のことが好きなのだと、全身に火花が散ったみたいに熱を帯びていってしまう。
「顔が少し赤いけど、気分は大丈夫?」
 さっそく心配されてしまったが、あまり追及はされたくなくて架純は元気よく返事をする。
「は、はい。大丈夫です。今日はこの間と違って涼しいですし……」
「そうだな。これから向かうところも涼しいと思うから」
「えっと、どちらに向かうのですか?」
「新しくできた水族館。前に君が行ってみたいって言っていた気がして……違ったかな?」
 理人がおもねるように尋ねてくる。
 いつだったかの診察の合間にかわした雑談の一つだったのに覚えていてくれたのだと思うと、胸が弾んだ。
「いいえ。行きたいと思ってました」
 架純がぱっと表情を輝かせたのが伝わったのか、理人も楽しげに頬を綻ばせた。
「よかった。あとは電車が空いているんだが」
 なるべく午前中の早い時間に待ち合わせを決めたのも、電車や施設が混みあわないように考えられた、理人の気遣いだ。
「今日は……車じゃない代わりに、エスコートさせてほしい」
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