熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 理人はそう言い、架純の荷物を預かってくれ、彼の腕を差し出した。
「それとも手を繋いだ方がいいかな?」
「えっと、大丈夫です。先生の腕に掴まります……っ」
 先生、と呼んでしまったことに理人がまた反応した気がするけれど、架純はもう精一杯でフォローする余裕がなかった。手を繋いだりなんかしたらすぐに汗ばんでしまいそうだし、それではまるで恋人同士になってしまう。
 そこまで考えてから架純は我に返る。
(これはデート……にならない?)
 理人は一体どういうつもりで誘っているのだろう。
 転院を希望して紹介状がほしいと告げた日から彼の様子が明らかに変わった。
(私、あんなふうに告げたのに……?)
 電車の中は満員ほどではないが、やはり人が多くいる。座るところを確保してくれた理人が架純を誘導してくれた。彼はその目の前に立って周りを気にかけている。背の高い彼はまるでガードマンみたいだった。
 たまに他のひとの視線がちらちらと向けられる。それは彼が見目麗しい男性であることもひとつの理由だろう。そして恋人に過保護で甘いタイプなのかもしれないと女子高校生らしき二人組がひそひそと噂をしているのを聞いてしまい、架純の顔はまた勝手にジワリと熱を感じた。
 いつまでもそんなふうに過保護でいようとする理人に、架純は戸惑いを隠せない。
 転院をすると伝えたことで、理人が責任を感じているのだとしたらその部分だけは訂正しておきたいのだが。
(でも、余計なことになりそう。なんて伝えたらいいかわからないわ)
 水族館に到着し、受付で料金を支払おうとする理人を架純は慌てて制止した。
「この間、ごちそうになったばかりだもの、ここは私が」
「いいよ。俺が誘ったんだし、君は来てくれた。それだけでいい」
「で、でも……そういうわけには」
「きっと中に入ったら喉が渇くかもしれない。途中の休憩のときにお願いしてもいいかな?」
「わかりました。そのときは絶対ですよ?」
 理人がふっと笑う。
 あまりにムキになりすぎたかもしれない。こういうときに恋人同士だったら彼に任せるのだろうか。そうだとしたら、可愛げがなかっただろうか。
 でも、実際二人はそういう関係ではないし、理人にばかり甘えているのは違う気がしたのだ。
「とりあえずお勧めの順番でいいか?」
「はい」
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