熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 ボタンを押すのを忘れて間違えて動画で撮ってしまった。慌てて取り直したら画面がブレてしまい、あわあわしているところに理人が笑う。
 その屈託のない表情の写真がちょうどよく撮れて、架純は思わず顔をほころばせた。
「ん? 何か笑うようなことがあったか?」
「先生のこういう笑顔……珍しくて」
「……?」
 理人が当惑している。
「だめでしたか? 撮り直ししますか?」
「いや。自分がこんな顔をしているのかって、客観的に見ていただけだから、問題ない」
 少し照れくさそうにしている理人に、架純はどきりとする。彼のそんな様子はなかなか見られない。
 そんな彼の表情を、自分だけが独占できたらいいのに、と無意識に思ってしまう。
 二人は次のエリアへと移っていく。そこは深海へと繋がるトンネルのようだった。薄暗くゆったりとした時間が流れていくみたいだ。密室のような雰囲気の中、カップルが寄り添っている姿が見られる。
 架純はなんとなく落ち着かない気持ちで理人の隣を歩いていた。
 やがて別のエリアに分かれている場所にたどり着く。そこは、理人が言っていたふわふわと漂うくらげのエリアだった。
 大きさや形状の異なるくらげが縦長の水槽に浮いている。透けた白い模様と職種がゆらゆらとしている様子は、そのままぼんやりといつまでも眺めていられるような気がしてくる。たしかにここにいるのは癒されるかもしれない。
 そんなほっとした気持ちでいたのも束の間。
 理人がすぐ隣に並んでぽつりと問いかけてきた。
「君の好きな人は、どんな人?」
「えっ」
「前に、恋愛がどうという話をしていたから」
「あれは……」
 まさかそこを追及されるとは思わなくて架純は焦った。しどろもどろになりながら、なんとかそれらしい設定を急いで考えようとしたけれど、架純にそんな恋愛面での器用さはなかった。嘘はあの一度きりにしていたかったのに。
 架純が何かを口にする前に、先に理人が軽く頭を垂れた。そして架純の方に向き直る。
「ごめん。俺が根掘り葉掘り聞くようなことじゃなかったな」
「いえ。好きな人は……」
 好きな人は、目の前にいるあなたです――と言えたなら。どれほどいいだろう。
 でもそれは自分が一時的に楽になるだけの言葉で、相手を困らせる毒になる。そしてその毒は自分の中にも落ちていく遅効性の劇薬だ。
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