熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
『……そ、そうだけれど、それとこれはまた別で……』
『架純お嬢様』
 にっこりと町田が微笑む。その目の奥は笑っていなくてちょっと怖かった。
『だ、大丈夫よ。今度こそ……』
『今度こそ?』
 ちょっと怖い笑顔は変わらない。
 さてどうしたものだろうか。信用がまるでないようだ。それもあたりまえかもしれない。
 次こそ、今度こそ、その繰り返し。架純は自分で転院を決めるくらい理人から離れようとしていたはずだったのに、自分から彼の方に引き寄せられていってその沼にずぶずぶとはまっているのだから。
 しょんぼりしている架純に、町田はため息をついた。結局、町田は架純に甘い。彼女の方が先に折れたのだった。
『ま、お料理くらいはいいでしょう。火傷をしないようにだけ気をつけてくださいね』
『もちろんよ。翻訳の仕事にも差し支えてしまうもの』
 それから張り切って初心者向けに、卵焼きとアスパラのベーコン巻きを順番に伝授してもらったが、想像していた以上に難しくてバタバタしてしまった。
 ささっと簡単にこなしているように見えるのは町田が料理上手だからだ。下拵えに調味料の配分、ちょっとした味付けや盛りつけの工夫、そういった相手への思いやりを込めて、普段から手間暇かけて作ってくれているのだな、と改めて感謝の気持ちがわいた。
 いつか自分も上手に理人のためにテーブルいっぱいに彩れるレパートリーが増えるだろうか、などと想像してからかぶりを振った。そんな未来はあるはずもない。想像しても無駄だということ。
 結局、卵焼きは作り直して、茹で過ぎたアスパラは今晩のおかずの和え物に代わり、パリパリに焦げ付いたベーコンは町田のお昼のサンドイッチに使われることになってしまい……最終的に、町田が作ってくれた煮物や揚げ物などをランチボックスに一緒に詰め込むことになったのだった。
『初心者がなんでも最初からできるわけがないんですから、卵焼きだけでもじゅうぶんだと思いますよ』
 町田は落ち込む架純を慰め、励ましてくれたけれど。架純としても納得がいっていない。
『また今度ちゃんと教えてほしいわ』
『また今度?』
 にこにことした顔のまま町田が追及してくる。架純はびくっとした。町田の迫力が怖かった。
『もう、町田さんったら、意地悪ね』
『ふふ。お料理は別に構いませんよ。架純お嬢様と一緒にキッチンに立つのは楽しいですから』
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