熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 朝からそのような紆余曲折を経て、まるで本当の母のような、母代わりの町田にお礼を言うと、なんとかそれらしくなったお弁当を引っ提げて家を出たのだった。
 病院の前に到着した架純は、理人のことを思い浮かべた。お弁当箱を開けた瞬間、彼はどんなふうに反応してくれるだろう。不格好な中身を見て固まったり呆れたりしまわないだろうか。
 だんだんと渡す自信がなくなってきてしまう。
(監修はスーパー家政婦町田さんです。だから味の保証はあるから、大丈夫です、理人さん)
 そんなふうに意気込んでから、架純は不意にこれから先のことを考えてしまい、鬱屈した気分を払うようにため息をついた。 
 本来なら月に一回の定期健診で翌週くらいには病院に来ていたけれど、架純は次から転院先の病院にお世話になることになっている。今後は何か理由がない限りは理人には会えないのだ。
 理人からは連絡していいと言われたが、まだ一度も彼にはこちらから連絡を入れたことがない。ずっとタブーだった行為を破るのはなんとなく気が引けたのだ。
 今日は理人に会えると思うと胸が弾む一方、先延ばしにして彼に会える口実を残しておくべきだったか、などという打算を脳裏に浮かべてしまい架純は我に返った。
(自分で転院を決めたのに。何を考えているの……私)
 理人が誘ってくれるから、理由さえあれば、彼はあたりまえのように側にいてくれるような気がしてしまっていた。でも、今度こそこれっきりにしなくてはならない。
 水族館の中で額にキスをされたことが蘇ってくる。ふわふわきらきらしていたあの時間は本当に幸せで、気を抜けばあの夢の続きを見たいと思ってしまう。そうして理人がくれたキスの意味に期待したくなっている自分を、架純は必死に思考から追い出した。
(きっと、あのことに意味なんてない……)
 今日は外来の総合窓口玄関の方ではなく、入院病棟の方に回ってから中庭を目指した。
 中庭には車椅子や杖をついた患者と患者の家族や看護師の姿が見られる一方、奥まったエリアには関係者以外が入れないようになっている休憩所がある。ちょっとした小さな森林の箱庭のような場所だ。そこで医師が昼休憩をとる姿を、当時入院していた架純は見たことがあった。そのあたりで理人が待っていてくれるらしい。
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