熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 視線が交わってドキリと鼓動が跳ねた。不整脈とは違う、彼を意識した音が内側に余韻を広げていく。
 一度意識してしまうと、鼓動はどんどん駆け足になって体温は上昇してしまう。
 お弁当箱が空になったらそれを受け取って早く帰った方がいい。それで今度こそ……そんなふうに焦る気持ちがこみ上げてくる。
 けれどその一方、離れがたい矛盾した気持ちがじわじわと浸食してきて架純を引き留めていた。
 転院したらもうここで会うことができないのだ。あと少しだけでいいから側にいたい。目に焼き付けるように彼を見つめていたい。
 でも、それはきっとキリがない。物理的に離れなければこの気持ちを終わらせることはできない。だからこそ転院を決めたのだから。
「本当に美味しかったよ。わざわざ作ってきてくれてありがとう」
「私の方こそ。喜んでもらえてよかったです」
 架純は理人のお弁当箱が空になったのを見て、名残惜しくなりそうな気持ちをなんとか振り払い、別れを切り出そうとした。しかしそのとき、先に口を開いたのは理人の方だった。
「実は、君に今日会ったら頼みたいことがあったんだ。まだ少し時間があるから、このまま話を聞いてくれるかな?」
「私に? 何でしょうか」
 立ち上がりかけた腰を下ろし、架純は理人を見る。彼は何か逡巡するような表情を浮かべたあと、架純の方をまっすぐに見つめてきた。
「今度、うちの一族のパーティーがある。そこで兄の婚約者を紹介する場を設けるんだが、そこで、君に俺の妻の役を演じてほしいんだ」
「……え?」
「仮初の契約妻になってくれないか?」
 突拍子もない、いきなりの話題に、架純はすぐに何を言われているか理解が及ばなかった。固まっている間にも理人は話を進めてしまう。
「パーティーには同伴のパートナーを連れていくことはままある話だが、今回は兄と兄の婚約者に華を持たせたい狙いがある。対外的に、ね」
 高辻家の当主は国会議員。そして理人の兄は議員秘書。対外的に、という意味はわかるけれど。
「で、でも……」
 架純は困惑していた。
 どうして理人はわざわざ架純に頼むのだろう。
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