熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 以前、たしか理人には新しい縁談の話があって婚約者ができるという噂を聞いた気がするのだが。その人とはどうなったのだろう。今それを追及してもいいだろうか。でも何か聞いてはいけない事情があるかもしれない。かつて架純と破談になったみたいに。
 余計なことを言って理人を傷つけてしまわないように架純は熟慮する。その上で、自分と理人の関係について先に言及することにした。
「私と理人さんは……かつて婚約関係にあって破談になりました。そんな私が仮初の妻なんて務まりますか?」
「父と兄は、政治のことで頭がいっぱいだ。昔ちょっと会ったくらいでは君の顔もよく覚えていないよ」
 たしかに祖父同士の繋がりがあったからこそ二人は婚約関係にあった。祖父たちが仲人役をしていたことに両家の両親は任せっきりにしていた。
 高辻家の理人の父は国会議員で、兄は議員秘書という立場にある一方、架純の両親もまた貿易会社で忙しく働いていた。
 まだ縁談が活きていた頃は、改めて両家が顔合わせをするのは正式に結婚するときと決めていた。結局それは叶わずに破談になったのだ。十代の頃と今の容姿ではすぐにピンとは来ないかもしれない。
「でも、それじゃあ……理人さんのご家族のことを騙すということですよね」
 たとえ相手が覚えていないとはいえ、人を欺く行為には違いないと思うと、やはり気が引けてしまう。
 それに、医師である理人がいつもいうように、物事には絶対はありえない。例えば、もしも架純の身元が早々に判明した場合、新たなトラブルの芽にだってなりかねない。
「たしかに、その場しのぎではあるが、パーティーが終わり次第、身内にはすぐに事情を明かすと約束するよ。必要以上に君をうちの問題に巻き込むようなことはしない」
 及び腰の架純の様子を見ながら、理人はきっぱりとそう言い切った。
 理人なりに何かしらの算段をつけているから架純を説得しているのだろう。聡い彼が大事な場面で適当な対応をするとは思えない。今までの彼を知っているからこそ、彼にその信頼はある。
 それに、その場しのぎ……は、けっしてネガティブなものだけではないと、チャット友達のハルに励まされたことを思い出す。それは、架純が本音を隠して転院したいと理人に告げるときに決めた行動のこと。
 今回は理人側の事情だが、彼にもそういった何か込み入った問題があるのだろうか。
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