熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
「君の気持ちは素直に受け取ろう。引き受けてもらえて助かるよ。ありがとう」
「はい。お役に立てるようにがんばりますね」
 架純が声を弾ませると、理人は目を細めるようにして架純を見つめた。
 理人はそれからまた何かをしきりに言いたげにしていたが、言葉を紡ぐ代わりに、彼の細長い指先が架純の白い頬をするりと触れて離れていった。
 まるで切れかけた縁の、ささやかに光を放つ細い糸を、そっとやさしく手繰り寄せるかのように――。
 そんなふうに感じてしまうのは、架純の中にある願望のせいかもしれない。 
 一度は離れてしまった縁。繋がらなくなってしまった関係。
 たとえ脆くて儚いものだとしても、また彼と一緒にいられる夢を見ることができる。
 今はただ……その仮初の縁を大事にしたい。そう思ったのだ。


***


 六月初旬。しとしとと降り続く雨の日。架純は理人と共にタクシーに乗って件の高辻一族主催のパーティー会場に向かった。
 豪奢なシャンデリアが吊るされた絢爛な大広間には、数百人規模の来客が集まっている。
 こんな大きなパーティーに参加するのはいつぶりだろう。気を抜くと圧倒されてしまう。
 架純は会場内にいる人々を見渡した。
 高辻家主催と言いつつ異業種交流を掲げたパーティーのようだが、理人の父は国会議員で兄は議員秘書をしているので、政財界のパイプをつなぐという目的もあるのだろう。
 会場の中には、良家の子息ら、大企業の代表ら、経済界、医療業界、法曹界、各界を代表する重鎮たちの姿が見られる。その中には同伴者を連れた若い人達がいて、彼らはいわゆる社長やCEOのジュニアと呼ばれる御曹司たちとそのパートナーかもしれない。
 この中で婚約者を紹介する兄のために華を持たせたいというのは確かに道理だ、と架純は思う。
 しかしあまりに多くの人に囲まれると、緊張で胃が痛くなってくる。きちんと薬を飲んできているし、過呼吸の方の発作もコントロールできている。
 何より側には頼りにしている理人がいると思うと、それが気持ちの支えになっていた。
(理人さんのお役に立てるように頑張るって、引き受けたんだもの……)
 改めて自分を鼓舞して奮い立たせる。淑女らしく品のいいドレスに身を包んだ架純は動揺しないように背筋をすっと伸ばした。
< 43 / 110 >

この作品をシェア

pagetop