熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 それが本当だったらどれほど幸せなことか。結婚すると宣言した彼の態度にも心を揺り動かされていた。鼓動はどくどくと早鐘を打ち、目頭や頬にもうっすらと熱を帯びていく。夢なら醒めないでほしい、と心の中でつい願ってしまう。
 そのとき、理人がぐっと架純の肩を抱き寄せた。弾かれて驚いた架純のさらなる恥らいが功を奏したのか、正臣は二人を追及するのを躊躇ったようだ。
「……だが、しかし」
 正臣が勢いを落としたのを見計らい、理人が声を潜める。
「父さん、我々の関係について詳しくはきちんとこのパーティーが終わったら説明します。この場では、兄さんたちに華を添えるということで納得していただけませんか。今の彼女の姿に不満はないでしょう」
 架純は美しく着飾っていた。今でこそ大きな屋敷に暮らすような令嬢ではなくなってしまったが、それでも誰かの真似ではない過去の自分のことなら簡単に演じることはできるのだ。良家の令嬢らしく品のある振る舞いを。
「……ま、まあ、いいだろう。しかし架純さん、くれぐれも御身体の方を大事にしてください。この会場で何かあれば大騒ぎになりかねませんからね」
 暗に余計なトラブルを起こしてこの場に泥を塗るような真似はするな、と釘を刺してきたのだろう。正臣は架純がかつて心臓発作を起こしたことについても覚えているらしい。
「万が一、体調に変化があっても、俺が傍にいれば何も問題は起きないようにする。そこは安心してほしい」
「ああ。くれぐれも頼んだぞ。おまえのことは頼りにしているんだ。今日は特別に大事な場だからな」
 念を押すように正臣が言う。理人に目配せをされ、架純は用意していた言葉を丁寧に紡いだ。
「この度は突然のお話で、驚かせてしまい申し訳ありません。お気遣いまでいただきありがとうございます」
「うむ。理人、しっかり案じてやるようにしなさい」
「はい」
 正臣は父の顔から普段の国会議員らしい貫禄を取り戻し、彼に従う秘書を引き連れて架純たちから離れていく。その途中で賓客に声をかけられた正臣は大仰なくらいの輝く笑顔で挨拶を繰り返しているのが見えた。
「……架純、次は兄さんたちだ」
 ホッとするまもなく声をかけられ、架純は慌てて意識をそちらへ向けた。
 理人の兄である來人がにこやかに声をかけてきた。
「理人、驚いたよ。二人が結婚したなんて。よく父さんを説得したな」
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