熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 と、來人が架純の方に微笑む。その表情は父の正臣よりもずっと理人に近く、見目がクールな理人よりも柔らかな印象があった。
「兄さん、ご無沙汰しています。まあ、こういうことです」
「隅に置けないよ。まったく」
 來人が軽やかに笑う。
 どうやら正臣と來人とで理人が説明した理由は異なりそうだ。正臣には直接、結婚することを宣言するつもりで、來人には既に架純を妻にしたのだと連絡していたのだろう。
 ふと、來人の隣にいる女性に目を奪われる。
「ああ。こちらも紹介するよ。僕の婚約者だ」
「初めまして。園崎麗奈と申します」
 來人の側には目鼻立ちのはっきりした美人が寄り添っていた。
「初めまして、麗奈さん」
 彼女は架純の方を見て微笑む。
「麗奈、僕たちの婚約発表に華を添えてくれる二人だよ。紹介する。弟の理人と、それから……」
「……架純と申します」
 結婚したことになっているようなので、念のため久遠という姓は口にしなかった。
「架純さん。とっても可愛らしい御方だわ。お名前も素敵ね」
「來人さん、麗奈さん、この度はご婚約おめでとうございます。これからお二人に多くの幸せがありますように」
 架純は粛々と二人にお祝いを告げた。
 來人と麗奈は嬉しそうに微笑みを交わし、それから理人と架純に向き直った。
「ありがとう。この先、我々も長い付き合いになる。また場を設けて交流しようじゃないか。君たちも式を挙げるときはちゃんと教えてくれよ」
 來人は朗らかにそういうと麗奈を気にかけつつ離れていった。彼らもまた挨拶周りに忙しいのだ。
 理人が目配せをする。架純は頷いてみせた。
 やがて壇上での演説がはじまると、皆がそちらの方へと視線を映す。誰も、理人や架純の方を気にかける者はいなくなる。
「……少し抜けよう」
 理人に耳打ちをされ、架純は頷く。
 長い時間、知らない大勢の人の波に囲まれていると、緊張で息苦しかった。顔から血の気が引いていく感じがする。理人はそれに気付いてくれたらしい。
 大広間から抜け出し、二人はロビーに移動する。
 扉の向こうから演説の声がくぐもって聞こえ、拍手が湧きおこっているのがいくらか聞こえてくる。
 喧噪から逃れた二人はそれぞれがため息をつく。そして隅の方のソファに隣同士に座った。
「体調は大丈夫か?」
「ええ。平気よ。お役目は無事に果たせたでしょうか?」
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