熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
「ああ、助かったよ。最後に兄さんたちの紹介のあと、親族の席の方に俺と一緒に控えてくれればいい」
「わかりました。それが終われば、任務は完了ですね」
 あと少し頑張らなくては、と架純は気分を入れ替える。
 すると、ソファの肘宛てにおいていた手に、理人の手が重ねられた。弾かれたように架純は理人を見る。彼の視線は重ねた手の方へと注がれていた。
「まだ、終わらないよ。これから先も、君は……」
「え……」
 消え入るように呟いたあと、理人が目線を架純の方に戻した。その表情があまりにも真剣だったのでドキリとする。  重ねられた手にぎゅっと力がこもった。
「婚約発表のあとは結納だってある。彼らが結婚するまで、君には契約妻として側にいてもらいたい。父さんや兄さんへの説明はそのあとにする予定だ」
 その意味を架純は一瞬固まって整理した。今日は理人の兄の來人の顔を立てるために架純が理人の妻の役を努めた。
 想定していた場面とは少し違ったけれど、あとですぐに種を明かし、架純は解放される予定――だったはず。
 結納がいつかはわからないが少し先になることだろう。そして結婚式だって数か月後かもしれない。
「え、待ってください……」
 今日が終わったら済む話だと思っていた。そんな長期的な計画だなんてまったく考えていなかった。
 しかし動揺する架純の言葉を封じるように理人が続ける。
「今さら他に代役は立てられないのはわかるだろう?」
 理人の折れない姿勢に、架純は唖然としたまま彼を見つめて脱力する。
「ダメかな?」
 窺うような甘える瞳は、母性本能をくすぐるような類のもので、架純をますます狼狽えさせた。いつも年上の余裕のある医師の姿を見ているだけに、そのギャップに架純は参っていた。
「理人さんって」
 こんな策士な人だったなんて。そしてこんなに強引な一面があったなんて知らなかった。
 理人のためにと思い、彼の言っていたことを信じてついてきたのに、さすがに説明をあとまわしにして後出しで要求することを増やすなんて自分勝手ではないだろうか。
 架純は思わず文句のひとつを返したくなったが、理人に頼られるような、甘えてこられるような顔をされてしまうと、たちまち戦意喪失してしまう。
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