熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 彼女たちが笑顔を向けてくれたので、架純もまた微笑み返すと、小さく頭を下げ、外来の待合へと急いだ。
(今の話は……何?)
 落ち着くためにお手洗いに行ってきたはずが、来たときよりも鼓動が速い。
(縁談……)
 その言葉がぐるぐると脳内を回っていた。だんだんと眩暈までしてきてしまいそうになる。
 その間にも外来診察の方の看護師から血圧と体温を先に測らせてほしいと言われ、架純は上の空のまま応じていた。
(今から検査なんだし、余計なことは考えないようにしなくちゃ……)
 そうだ。動揺していたら検査に悪影響を及ぼしかねない。架純はかぶりをふって思考から一旦追い出した。
 それから待合の人々が次々に呼ばれては帰っていくのを見送る。しばらくするとようやく順番が表示され、架純は診察室の扉をノックした上で入っていく。
 デスク前のパソコンに表示されたカルテを診ていた医師がすぐにこちらへと振り向いた。
「お待たせしてすみません。久遠さん、こんにちは」
 額に軽くかかるくらいの艶やかな黒髪。その下には意思の強そうな形のいい眉、切れ長の二重の双眸、整った鼻梁と、甘さを感じさせる唇……その美しい精悍な顔立ちにうっかり見惚れてしまいそうになる。架純からすれば、彼がまとう白衣はさながら王子様のようにも見えてしまう。
「は、はい。高辻先生、こんにちは」
 慌てて返事をした架純に、彼はやさしく微笑みかけてくる。
「最近の様子はどうかな?」
「特に変わりはないです」
「ん、少し頬に赤みがあるようだが……」
 そう言って彼は怪訝な表情で額の眉を寄せると、架純の顔の様子を診る。あまりじっくり見られるのは正直困った。
「えっと、散歩をしようと歩いてきたので、急に陽にあたりすぎてしまったのかもしれません。帽子や日傘はもっていたのですけれど……」
 架純は落ち着かなくなり自分の手で額にかかる髪をさらりととかした。
「そう。負担にならない程度の散歩なら構わないが、気温が高いときには無理をしないことだ。いいね」
「…はい。高辻先生」
 架純が素直に頷くと、医師はふわりと柔らかに微笑んだ。その表情もまた心臓に悪すぎることなんて彼にはわからないだろう。
「さて、基礎健康診断の結果それから事前測定の血圧と体温は問題なし。じゃあ、いつも通りに、心電図のチェックと超音波の検査をしようか。先に心電図からやろう」
< 5 / 110 >

この作品をシェア

pagetop