熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
「だから今の今、別々に暮らしているというのを悟られたら困るんだ。よそよそしくしていれば怪しまれて婚姻届けの件も調べつくされるかもしれない。きちんと一緒に暮らしていれば疑われることもないし、そういう行動を起こされる心配もない」
「そこまで徹底しなければならないんですか」
 理人はただ頷き、話を次々に進めていってしまう。こういうのを外堀を埋められるというのではないだろうか。
「無論、君が家を留守にしたままでは困るだろうから、家政婦の方に留守番を任せてはどうだろう。その分の報酬は俺が負担する。或いは、食事と掃除を頼んでもよければ、うちに来てもらう契約に変えてもいい」
 きっと物理的には理人の言ったことは叶えられるかもしれない。架純にだって仕事があるとはいえ在宅でパソコンがあればどこでも作業はできる。
(……っそんなこと考えちゃダメ)
 このままでは丸め込まれてしまう。
 だから、架純は思わずといったふうに声を上げた。
「それじゃあ、転院を決めた意味がないじゃないですか」
 隠していた秘密をうっかり口走ったことに遅れて気付いてハッととする。
(やだ、私……今、なんて言った?)
 架純は頭が真っ白になってしまった。
 理人だってさすがにその話題にもっていかれるとは思わなかったはずだろう。
 驚いて目を丸くした理人の顔を見て、架純はそこから必死に言い訳を考えるけれど、混乱に混乱を極めている今ではいい案など導き出せるはずもなく――。
「転院するのをやめたらどうかな」
 ぽつり、と理人が言う。
 その言葉に、架純は思わず息を呑んだ。
「君が転院しようと思った理由は?」
 寂しそうな理人の表情を見てしまえば、架純の心はあっけなく揺れてしまう。
「そ、それは」
「好きな人を作りたい? 本当は他に好きな人が?」
 懇願するその声はひたすら切実な響きを添えて架純の胸を打ち、漣を引き連れて押し寄せ、やがて架純の心を丸ごと攫おうとする。
「待ってください。先生」
 溺れてしまわないように息を吸って、架純はやっとの思いで拒絶の声をあげた。
「今は先生じゃないよ」
 重ねていただけの手が指を絡めるように握られてしまう。どこにも逃げられないように縫い留められてしまった。
「理人さん……」
 抗議の意味で彼の名前を呼んだ。けれど、ますます甘い応酬に搦めとられるだけだった。
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