熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 トランクに積んでいた大きめの荷物は理人に上まで運んでもらい、その荷物はひとまず隅の方に寄せたままマンションの部屋で一段落をしているところだ。
 少し外に出たくらいで汗ばむくらい、今日は暑かった。六月上旬にしては夏日になったらしく気温が三十度も超えていた。
 一仕事を終えてリビングのソファに座ると、理人が用意してくれた冷たい麦茶をいただいて喉を潤した。彼も架純の隣に座ってグラスを手に持つ。
「疲れた?」
「……少し。環境が色々と変わりすぎて」
 本当に、この間ようやく理人から離れるために転院を決めたばかりとは思えない。まさかその正反対の状況……彼と一緒に暮らすことになるなんて、当時の自分は想像することができただろうか。目まぐるしい変化に気持ちがついていけていないというのが本音だ。
「体調の方はどう? 落ち着いているかな?」
「それは大丈夫です」
「定期健診は引き続き、俺が診るからそのつもりで」
 強引で俺様な部分があることはもう充分理解できた。
「分かってます」
 架純が頷くと、理人は納得しように微笑んだ。きっと彼はこの先ずっとそれ以外は受け入れないつもりだろう。
 なんだか子ども扱いされた気がしてならない。それにすべて理人の掌で転がされているように感じて架純は思わずむっとして膨れてしまいたくなったが、それではほんとうに子どもっぽいだけなので肩を竦めるだけに留めた。彼の掌に転がされているのは事実。
 甘んじて受け入れてしまったが、理人の兄である來人とその婚約者の麗奈が結納を済ませるまで、という期限付きの契約であることに変わりはないのだ。架純はそのあとのことをまた考えていかなければならない。
 でも今は少しそういう雁字搦めな思考からは離れていたかった。
「そうだ。兄夫婦の結納の日取りが決まったよ」
 麦茶を飲み干してから、理人が言った。
「いつですか?」
「六月の下旬。ちょうど日曜日の大安の日だ」
 具体的な日程を意識すると、たちまち架純は緊張を覚えてしまう。あと二週間とちょっとだ。
「私、ちゃんとやれるでしょうか」
「俺の側にいてくれればいい。結納が終わって会食が済めば、あとはすぐに解散だ」
 理人はそういうけれど、言葉で済ますだけの時間ではないはず。
「不安なら、やることは一つだよ」
 そう言い、理人が架純の手を引き寄せた。つられて架純は顔を上げる。
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