熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
「俺たちには夫婦らしく……親密に見える雰囲気が必要だ」
「えっ」
「もっと親密にならないと。本物の夫婦らしく」
 熱っぽい眼差しを注がれて、ドキリとした。その言葉の意味を測りかねて戸惑っていると、理人が何か思案するような顔をする。
「デートは何回かした。一緒に暮らすことにした。さて、次は何をしようか」
 理人は言って架純の頬に手を添えた。グラスを持っていたからか指先がひんやりとして心地よく感じた。しかし彼の見つめる瞳の中には燃えるような熱がある。
 やがて理人の表情は冗談まじりでも意地悪まじりでもなく真剣なものに変わっていく。
 ふっと訪れたやわらかな沈黙に、なにか特別な甘い雰囲気を感じて、架純はどうしていいかわからなくなってしまった。
「……っ」
 目頭が熱くなる。彼への気持ちが募る一方で、胸が苦しい。
「なんでそんな泣きそうな顔をするの」
 と、理人が困ったように眉を下げた。
「泣きそうにはなってません。しいていうなら、のぼせそうになっているだけです」
「のぼせるのは少し早いんじゃないかな」
 理人はくすりと笑った。
「だって、ずるいです」
「君は、自分の意思で引き受けてくれた。俺の契約妻になったわけだ。つまり君は……俺のものだ。正当な理由になると思うのだが」
 言っていることはだいぶ傲慢なのに、見守るような目を向けられ、架純はいたたまれなくなる。
 それに、過保護な顔を覗かせている割にはうっすら浮かんでいる表情が意地悪だ。
 思わずといったふうに架純は彼を抗議した。
「理人さん、顔が意地悪になってます。わかってますよ。私が自分の意思で引き受けたんです」
 きっと理人を睨む。だが、彼には効果がなかった。それどころか、彼が楽しんでいるのを見れば、逆効果ともいえるかもしれない。
「そうだよな。だから、頬にキスをするくらいは赦してほしいかな」
 理人の瞳にあの水族館の水槽が映っているように見えた。あれからずっと架純が悶々と考えていたことなど露ほど知らずに、彼は意図的にあの話に触れてきた。
「……っ」
(理人さんって……策士!?)
 意識しないように考えないようにしていたというのに。そんなふうに直接的に言われたらもう動けない。本当にのぼせてしまいそうだった。
「あれは! 挨拶代わりだと思っていました。違うんですか?」
「うん。最初はそれでいい」
(さ、最初……っ)
< 55 / 110 >

この作品をシェア

pagetop