熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 理人はいつも通りに出勤していて、相変らず不規則な生活だったので、架純はすぐ近くのスーパーに通いつめ、毎日彼のためにお弁当作りに励んだ。
 心配して連絡をよこした町田とテレビ電話で繋がりながら料理のレッスンを受けつつチャレンジしたものの、最初はダークマターの連続。
『そちらに伺いましょうか』と言われたが、それでも自分ひとりでやれることに意味があると宣言。
 ダシ巻き卵はふっくらした形に仕上がり、ちょうどいい塩梅で味の染みたものができるようになったし、町田がよく作ってくれたオーソドックスな煮物や和え物などのレパートリーも少しずつ増えていった。
『一週間でそれなら上出来ですよ。味見させていただけないのが残念です』
 町田は少しだけ寂しそうに言った。
『理人さん、美味しかったって言ってくれてるわ』
『町田は羨ましいですよ』
 そんなおだやかな時間に心が満たされていくのを感じていた。
 医師として忙しい理人と一緒に過ごせる時間は思ったよりも少なかったが、彼っと過ごせる束の間の時間には、また甘い溺愛攻撃を浴びることになり、架純の日常も日々忙しく充実するものになっていた。
 件の結納の日まで残りあと一週間――。
 今日の午後、架純はチャット友達のハルと会う約束をしていた。
 彼女が会って話がしたいと言い出したからだった。架純は少し悩んだ。ネット上で繋がった相手と会うということはリスクを伴うもの。けれど、せっかくできた縁だと思うと無下にはできなかった。それに架純もハルには会ってお礼を言いたかったのだ。
 ハルは今までひとりぼっちだった架純のために色々と相談に乗ってくれて話を聞いてくれた。そのことでどれだけ楽になって助けられたか。
 そんな初めてのオフ会の待ち合わせ場所はハルが決めてくれた。
 十和田総合病院近くの花屋とパン屋が見えるところ。なるべく人目につくところで具合が悪くなっても安心できる場所。そんなふうにハルが言った。
 彼女は日頃から相手を想い、気遣いの出来る人なんだな、と架純は改めて感心した。
 その待ち合わせ場所は、架純が通院しているときに到着するバス停やタクシー用のロータリーがある入口とは反対側で、入院病棟の方に近い道路沿いだったから、地図アプリなんかに頼らなくてもすぐわかる。
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