熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 医師が看護師の方を仰ぎ見る。
「これから準備いたします。では、久遠さん、お隣の処置室にお願いしますね」
「はい」
 架純は椅子から立ち上がって一旦医師に頭を下げると、隣の処置室へと移動した。去り際にちらりと医師の方を盗み見ると、彼は真剣な表情でカルテに記入をしていた。それすらも絵になる美しさがあった。
 処置室に移って一時的にでも彼から離れられたことで、架純は少しだけ安堵する。けれど、もっと彼を見ていたいという矛盾した気持ちも同時に浮上していた。
(平常心……)
 架純は目を瞑って何度も唱えた。
 心電図をとるために寝台の上に寝て前開きのワンピースのボタンを開く。
 看護師が準備してくれた冷たいジェルパッドがあちこちに当てられていくのを感じながら、架純は深呼吸を繰り返した。
「――次は先生にエコーを診てもらいますので、着替えてお待ちください」
 看護師の言葉にハッとして架純は印字されていく心電図の波形を目で追った。
 エコーの時間は少しだけ苦手だった。十代の頃の手術の傷跡が胸に残っているからだ。無論エコーを診るときは上からカバーをかけるので患者の肌がむやみに晒されることはない。それでもエコーの機械があてられるときにはつい身構えてしまうのだ。
 医師がこちらへやってきた気配があった。
「久遠さん、検査中は目を瞑っていても構いません。力を抜いてリラックスしてくださいね」
 サポートにつく看護師に声をかけられ、架純は超音波検査用のベッドに横たわった。
「……はい」
 架純はなるべく彼を意識しないように目を瞑りながら別のことを考える。今日の夕食のメニューはなんだろうと考えてみたり架純が在宅で請け負っている翻訳の英文を思い浮かべてみたり。その間にも胸にあてられる感触に気をとられ、真剣な表情でモニターを確認している彼のことを見てしまっていた。
 ふと視線が交わってドキリとする。顔色を確認しただけのようですぐに逸らされたが、おかげで鼓動が一段と速くなってしまう。へんに心配させてしまわないだろうかと不安になった。
「普段、不整脈は出ていませんか? 息苦しさが強くなったりしていませんか? 誰か近くにいる方に指摘されたことは?」
「……ないです。大丈夫です」
 医師はモニターと架純の様子を確認しつつ検査を進めていく。
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