熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
「私も、旦那様のことを大事にしたいです。さっきは……やきもち妬かせてごめんなさい」
「……その件にはもう触れなくていい。俺があまりにも大人げなかった」
 理人が首に手をやって視線を逸らす。彼にも思うところがあったみたいだ。なんだかそんな彼の態度が可愛くて見えて、架純は思わず微笑んでしまう。
「ふふっ」
 理人のことを昔以上に知っていく。その時間がとても大切に感じる。知らなかった彼のことをもっと知っていきたいと切望している。それは、好きよりももっと濃くて強くて深い気持ち。
(恋以上の気持ちそれは……)
 そう、この気持ちはきっと、愛しさ……というものではないだろうか。
 鼓動がゆっくりとまた加速していく。
「君のその笑顔が……何より俺を大事にしてくれている証拠だって思うから」
 無性に隙間を埋めたいという衝動が湧きおこっていた。寄り添って触れ合っていたいという甘い感傷に突き動かされる。
 まるで何か見えない糸に引き寄せられるみたいに、どちらからともなく顔を近づけていた。
 慈しむように触れた唇から、理人のやさしさが伝わってくる。さっきの想いをぶつけるようなキスとはまた違った愛情を感じられた。
 それを『愛』と感じ取っていいかどうかはわからないけれど。
 稚拙な言葉で表現するならこれは、創り上げた世界の中で演じる『夫婦ごっこ』でしかない。
 箱庭の中の泡沫の夢。やがてそれは醒めていくもの。
 だからこそ。
 いつかは終わってしまう関係だとしても。
 せめてその間はちゃんと夫婦でありたい。
(理人さん、好きです……あなたのことが、大好き……)
 本音をのせて言葉にしてしまうのが罪なら、言葉にせずに想うことだけは赦してほしい。
 もしも、いつか――
 この形だけの夫婦の間に絆が芽生えたとしたら、いつか本当の夫婦になることはできるのだろうか。
 そんなふうに焦がれる気持ちが強くなっていく怖さを同時に感じてしまう。それでもいいから今だけは……と切に希う。
 理人のために役に立ちたいという気持ちではじめた契約妻の関係。それはやがて架純が思い浮かべていた泡沫の夢と混ざり合って、架純自身が彼の妻になりたいと望みはじめていた。


■6 私たち、『離婚』しましょう


 六月最後の日曜日、大安。
< 72 / 110 >

この作品をシェア

pagetop