熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 理人の兄である來人と婚約者の園崎麗奈が結納を交わす場に立ち会うため、架純は理人と共にとあるホテルの会食の場に来ていた。
 架純は大事な役目を果たさなければという思いがやってきたのだが、体調があまり優れなかったので結納の儀式自体が終わってすぐに中座させてもらっていた。
 心配した理人がついてこようとしたが、深刻な感じではないから大丈夫だと遠慮した。兄の來人が理人と何か話をしたがっていたからだ。
 すぐ側には來人の婚約者である麗奈の姿が見える。彼女は着物に身を包んでいて先日のパーティーのときとはまた違った艶やかさに包まれていた。
 架純はというとパーティーのときのようなドレスアップではなく清楚なワンピースを着ていた。主役の二人に華を添えるためのマナーだ。でも、着物もいいものだな、と少し羨ましくなった。
 たぶん架純は着物には向いていない。帯で締め付けられていたら胸のあたりまで圧迫されてますます具合悪くなっていただろう。
 少しお手洗いで冷たい水に触れて一息ついたら楽になった。緊張する場の中、ずっと同じ姿勢で固まっていたのがよくなかったらしい。
 外は幾らか風が通る分、逆に涼しすぎるくらいだ。持ってきていた透かし網のサマーボレロを羽織って縁側から見える枯山水を眺めつつ、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
 心地いい風が首筋を撫でていくのを感じて、ようやく架純はふっと力を抜いた。
「こんなところで何をなさっているの?」
 呼びかけられて振り返ると、美玖の姿があった。
「少し風に当たりたくて抜けてきたんです」
「そう。私もちょっと気分転換に出てきたの。理人さんと一緒じゃないのね」
「はい。彼は來人さんと話があると言っていました」
「あら。それは口実かも」
 美玖がそう言い口元に手をやった。
「口実? どういう意味ですか?」
「かわいそうに。あなたって何も知らないのかしら。理人さんが本当に好きだったのは誰なのかご存じなかったのね」
 美玖が声を潜める。
 理人が本当に好きだったのは誰か――彼女の言いたいことがわからなくて固まっていると、彼女は廊下の奥を見た。そこはさっき架純が抜け出てきた会食の間だった。
「見てごらんなさいな。來人さんよりも理人さんの方が麗奈お姉様に似合っていると思わなくて?」
 理人が麗奈に手を差し伸べてエスコートする様子が見られた。來人の姿はない。
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