熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
(本当の理人さんは……?)
 理人が麗奈に向けていた素顔に、胸が重たく軋む。
 急に、わからなくなってしまった。
 いつか本当の夫婦になれるかもしれない、という甘い幻想を抱いたことを恥じ入る。
 仮初の契約妻になってほしいと、理人から言われたことがまた思い出される。強引な彼に翻弄されながらも、彼のためになるならと応じた。けれど、そこには少なからず架純自身の願望が込められていた。
(でも、代役なら他の人の方がずっとうまくできたはずよね……)
 その考えに至ってしまった。
 ショックを受けて茫然と立ちすくむ架純の元に足音が近づく。架純はハッとした。理人がこちらへやってくる。麗奈の元に來人が合流した。
 そして美玖と架純を含めた四人は、これから両家の結納のあとの食事会に参加しなければならない。それが済めば無事に任務は完了する。
 架純は理人が前に言っていたことを思い出す。
『婚約発表のあとは結納だってある。彼らが結婚するまで、君には契約妻として側にいてもらいたい。父さんや兄さんへの説明はそのあとにする予定だ』
 あのときだってそうだったけれど、きっとこの先も何かに理由をつけて引き留めてくるかもしれない。
 でも、美玖から聞いた話が本当ならば、これ以上は続けることができない。
 こちらにやってきた理人が架純に声をかけようとしたそのとき。
「理人さん、私たちの関係はここまでにしませんか」
 架純は気付いたらそう口にしていた。
「架純、急にどうした?」
「私たち、『離婚』しましょう」
 理人が驚いた顔をして架純を見ている。
 麗奈の驚いた顔、來人の困惑した声、美玖の同情を含めたため息、そして理人の狼狽した様子。
 時間が止まったようにそれぞれが言葉をなくした。架純もまたそれ以上の言葉を発することができなくなっていた。
 そんな四人の間に、高辻家当主である正臣の声が割って入る。
「どうした。おまえたち、こんなところで集まって」
 恰幅のいい正臣の怪訝な様子を尻目に、メガネをかけた園崎家の当主が目を細めて朗らかな声を上げる。
「おや、兄弟水入らずのお邪魔をしてしまいましたか? 少し外しましょうか」
「いえ。大丈夫で。そろそろ皆、戻ろうか」
 その場を冷静にまとめたのは、理人だった。何事もなかったかのようにそう言い、客間へと戻っていく。
< 76 / 110 >

この作品をシェア

pagetop