熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
(理人さんは麗奈さんのことが好きだったの? だから新しい縁談を断ったの? お兄さんが麗奈さんと結婚することになったから取り繕うために、契約妻が必要だったっていうこと?)
 考え込んだらどんどん深くて暗い海底に沈んでいく。そこから何も見えなくなっていきそうだった。
 君にしか頼めない、と理人は言った。けれど、状況を考えれば相手は誰でもよかったはずだ。むしろ病を抱えていない架純よりもずっとうまくやれた人が他にいたかもしれない。
(私じゃなくてもよかった……)
 仮初の妻という存在も、泡沫の夫婦の関係も、架純以外が相手でも成り立ったこと。ただ手っ取り早く側にいた架純の頼んだだけのこと。そう考えれば考えるほど虚しくて仕方なかった。
 ――気まずいままタクシーに乗って帰宅したあと、車内でも何もしゃべらなかった理人がもどかしさを振り払うようについに架純を追及してきた。
「架純、さっきはどうしてあんなことを言ったんだ。君の心境にいったいどんな変化があったんだ」
 責めるような口調ではなく、諭すようにおだやかな声音は、いつだって理人らしさが保たれている。
 きっと会食の席の間だってずっと問いたかったはずだ。けれど彼は大人だから自分を抑えた。そして誰も傷つかない道を選ぼうとする。彼は周りの大事な人たちを気にかけてくれる、やさしい人だから……。
(そんなあなたのことが私は……好きで、でも……)
 心配そうに見つめる理人の、ひどく憂いを帯びた瞳に囚われると、心が揺れてしまう。
 さっきはごめんなさい、と謝ってなんでもなかったみたいに一緒に過ごしたい。そんな我儘な思考に囚われてしまいそうになる。
 箱庭だっていい。泡沫の時間だっていい。いつ潰えるかわからない寿命。束の間の休息に身を委ねるように、理人と一緒にいられたらそれで幸せだと思ったのに。
 でも――。
「ごめんなさい。へんな態度をとって困らせてしまいました」
「架純、俺は君を責めてるわけじゃないんんだよ。『夫婦』だってたしかに喧嘩はする。何か思うことがあるのなら言ってほしい」
 会食の場で美玖がフォローしてくれたように、理人はそう言うけれど。
 架純はその『夫婦』という言葉に胸を痛めていた。
「私たちは本物の夫婦じゃないから、夫婦喧嘩はできません。けれど、仮の契約は終わらせることはできるはずです」
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