熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 看護師が次の患者の準備をするのに離れたあと、彼は少しだけ医師の顔を崩した。
「ああ、変わりないよ。君が元気そうで安心した」
 にこやかに医師が言う。
「よかった」
 架純もつられたように微笑んだ。
「君の方は、自宅での翻訳の仕事は順調?」
「はい。調べものをするのに大変な部分はありますけれど、色々と勉強になることが多いですし、自分の生き甲斐になっています」
「生き甲斐か。それはいいことだな」
「はい」
 笑顔を交わしあえる時間が尊い。
 もっと話をしていたい。普段、先生は何をしていますか。医師としての顔だけじゃない今の彼のことがもっと知りたい。
 けれど、時間がそれを許してはくれなかった。急かすように看護師が戻ってきたからだ。
 会話といえるほどの時間なんてものの数分もなかったように思う。それがとても残念でならない。
「それじゃあ、くれぐれもお大事に」
「あ、ありがとうございました。また、来月よろしくお願いします」
 架純が丁寧に頭を下げると、医師は朗らかな笑顔で見送ってくれた。その麗しく清々しい笑顔を目に焼き付けながら、架純は診察室を出て待合室へと戻っていく。
(理人さん……)
 思わず胸の中で彼の名を唱えると、鼓動が呼応するように跳ねた。
 ――医師の彼、高辻理人(たかつじ りひと)と出会ったのは実はもうずっと幼い時だった。
 二人は両家の祖父同士の繋がりで、当たり前のように許嫁として紹介された仲だった。六つも年が離れているけれど、大人になればそのくらいの年齢差はよくあることだと。
 それでも十代の頃から彼は落ち着いていて、ただ傍らに佇むだけで静謐な空気感に包まれていて、架純から見たらずっと大人に見えた。
 彼と知り合ってからしばらくは、憧れのお兄さんができたような気持ちでいた。それから年に数回、顔を合わせる機会があった。一般的な交際とは違ったけれど、成人するまで保護者の監視下に置かれるのは普通のことだ。
 そんな日々の中で、架純は十五歳の頃に心臓発作を起こした。幼い頃の健康診断で心臓が弱いことは指摘されていたが、それが生まれて初めての大きな発作だった。通っていた大学付属中等学園からの帰り道に倒れてすぐ救急車で運ばれた。
 海外に離れて暮らす両親の代わりだった保護者の祖父はすぐに駆けつけられず、代わりに近くの医大に通っていた彼が付き添ってくれた。
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