熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 午後の面会が許可されている時間までまだ少し空いているが、ハルの状況を聞かされたら気になって居ても立ってもいられなくなってしまった。
 ハルと直接会ったのはこの間の一度きりだけど、チャットでは三年以上の付き合いがあるし、これまで何度もやりとりをしていた。架純の数少ない性別を超えた大事な友人なのだ。
 入院すると心細い気持ちになることは、架純にもわかる。特に一分一秒先に発作が起こりうる、生命に大きく関わる病を抱えている場合は。
 きっとハルも架純と近い病を抱えている。そんなふうに察していたからこそ架純にはハルの不安が痛いほど伝わってきた。
 誰かが側にいても何も変わることがないかもしれなくても誰かの存在に救われることはある。
 寂しくて不安で逃げ出したいと思うことも、先延ばしにできない問題が待っているのだとしても、ほんの少しの癒しになることができるなら。こんな自分にも誰かのためになるのなら。
 ハルのことを考えていたら架純はいつの間にかそんな気持ちでいっぱいになっていた。
 手荷物のバッグを再び腕に引っ提げて部屋を出ると、リビングのソファで針仕事をしていた町田が驚いた顔をして慌てて立ち上がった。
「架純お嬢様、どうなさったんですか?」
「実は、友達が十和田総合病院に入院したの。メッセージを見たら元気がないみたいだったから、今から会いに行ってくるわ」
「架純お嬢様の方は大丈夫ですか? 帰ってきたときから顔色が少し悪そうでしたが……」
「平気よ。さっき町田さんが用意してくれたおやつで元気になったもの。それに、私も少し気分転換したかったの。午後の面会の時間までまだまだだから、これからゆっくり向かうわ」
「そうですか。それならいいのですが。くれぐれもご無理をなさらないようにしてくださいね」
「ええ。帰りにまた連絡入れるわね」
「はい。お気をつけていってらっしゃいませ」
 町田に見送られて家を出た。
 今日は幸いにも気温が低い。雨が振り出しそうな曇り空だからか。梅雨のじっとりとした湿気はあるもののまだ過ごしやすい方に感じる。
 バッグの中にいつもいれていた傘に視線が奪われて架純は息を詰めた。
(……理人さんが選んでくれた傘)
 広げてしまったらきっと彼のことをいっぱいに感じてまた泣いてしまう。だから今日は傘は使わない。
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