熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 医師は神様ではない。医者の腕に絶対はない、と理人が語っていた。それでも絶対助けるという気持ちだけはいつも側に持ち合わせているのだと。
 そんな彼の情熱と強い意思に、架純は希望を持つことができたのだ。
 それから――最近、理人と距離が近づいて、仮初の妻として側にいることになった。これが死期の間際に見える走馬燈というものなのだろうか。
 逃げようとしたから罰が当たったのかもしれないと思った。けれど、実は死ぬ前に神様が特別な時間を叶えてくれたのだと、今ならそう思うことも赦されるだろうか。
 万能の神様がもしもいなかったとしても、それでも架純の側には理人がいてくれた。
 ずっと彼に救われてきた。支えられてきた。ずっと彼のことが好きだった。一緒にいてもっと彼を好きになった。
 彼が誰を好きでもいい。何か利用するために架純を側にいさせたのだとしても。架純が側にいたかったのだから。限りある時間の中で、誰でもない理人と一緒にいたいと願っていたのだから。
 なんて自分勝手だったのだろう。そうだ、自分勝手で我儘なのは架純の方だった。
 あんなふうに理人を突き放したことを今さら後悔している。
(理人さん……ごめんなさい)
 仮の契約妻になってほしいと言われたときにちゃんと伝えればよかった。自分の中にある本当の気持ちを彼に知ってもらえばよかった。
(私は……あなたが、好き)
 泡沫のまま消えていいなんて思うべきではなかった。
 せめて、ちゃんと彼の目を見て、愛していると、心から伝えてから消えたかった。
「緊急オペの準備! 急いで」
「はいっ」
 痛みに我慢できず、意識遠ざかっていく。担架に乗せられたのか、医師と看護師のやりとりが頭上でぼんやりと聴こえる。急いで運ばれているのだけがわかった。
(理人さん……)
 私はあなたがいたから生きて来られた。
 あなたのためなら泡になって消えてもいいと思った。
 でも今は、あなたの側でまた息がしたいと思っている。
 あなたの顔を見て、あなたの声を聴いて、あなたに触れて、伝えたい言葉があった。
 私はあなたのことが大好きで、あなたのことを愛しています。
 ……あなたのことを、愛していました――。


***


『私たち、『離婚』しましょう』
 兄たちの結納が無事に済んで自宅に帰ってから、理人は会食の際の架純の一言を思い浮かべていた。
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