熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 そのとき、架純は自分が心臓の弁膜を由来とする難病指定の複合型の疾病を抱えていることを知った。
 最初に見つかったのは小学校高学年の頃のようで、今すぐ命に関わることではないが、今後のためには手術をしなければならないということを、いずれ祖父は打ち明けようとしていたところだったのだという。
 理人はひょっとしたらとっくにその件を祖父たちの話から聞いて知っていたのかもしれない。手を握ってくれていた彼がその話題に触れたとき一瞬だけ身動ぎをした。架純と目があってすぐ理人の視線が落ちる。
 そのとき、架純の中に一抹の不安がよぎった。ひょっとして彼に婚約破棄されてしまうのではないか、と。
 心臓の弱い、いつ死ぬかもわからない婚約者なんて要らないと言われるかもしれない。そんなふうに架純は怯えていた。
 けれど、それは杞憂に終わり、心臓の手術が終わる頃には、架純は十六歳になっていた。
 幸い予後は良好で、外科的手術のあとは内科的な投薬治療でリハビリを乗り越え、架純が十八歳、理人が二十四歳の時に、正式に婚約の話が進んだ。
 そのまま架純が成人式を済ませ、彼が医大を卒業し、落ち着く頃に二人は結婚――するはずだった。
 ところが、直後に祖父の会社が倒産した。新しい事業への投資に失敗したことで莫大な負債を抱えたのだ。
 そこから架純を取り巻く環境は一変する。祖父同士の繋がりからはじまった両家の関係にまで波及した。その後、祖父が亡くなったことで両家の交流は完全に途絶え、架純が二十二歳、理人が二十八歳のときに二人の婚約はあえなく破談となったのだった。
 あれは梅雨の日だった。しとしとと降り注ぐ雨の日に、架純は処分されていく祖父の家を外から眺めていた。
 人と人との結びつきはこんなに脆く、あっけないものなのかと、庭の先で季節が終わった花が萎れているのを、傘もささずに見ていた。
 そんな架純に、さっと傘を差してくれた人がいた。理人だった。彼も気になって見に来ていたのかもしれない。
 理人はいたたまれないような表情を浮かべた後、架純を励ますように言った。
『これから先、君に何か困ったことがあれば、きっと力になる』
 破談となったあとも、二人が顔見知りであることには変わりはなく、既に医大を卒業して外科医として大学病院に勤めていた理人は親切にしてくれた。
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