熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
 他の人には譲れない、そんな強くて激しい気持ちがここに在る。
 架純の視界が光の泡のようにぼやけていく。それでもはっきりと明確に見えるものがここに在る。
 最後にわがままが赦されるのなら。
 人魚姫になってしまいたくなんてない。
 ちゃんと生きて自分の声で自分の言葉で大好きな人に想いを伝えたい。
「理人さん、私、ずっとずっと、あなたのことが好きだったの」
 ずっと、言いたかった。言えなかった。言うつもりがなかったはずだった。
 けれど、もう……言わずにはいられない。この命が尽きる前に、あなたに伝えさせてほしい。
「……架純」
 涙に濡れた彼の顔をを近くに感じて、それから彼の頬に手を添えた。
「理人さん、私はあなたを、愛してる……」
 今度はちゃんとハッキリと言葉にして伝えられた。
 そうして彼の唇のあたたかさを感じてこそ、やっと自分は今、息を吹き返したような気がした。


***


 架純の病室から出たあと、急に押し寄せてきた脱力感で理人が壁に背を預けて一息ついていると、十和田院長が姿を見せた。
 理人は身を正してから頭を下げた。
「二人の縁はなくてはならないものだったんだなと思わざるを得ないよ。私が君たちを引き裂いてしまわないでよかった」
 院長はしみじみと感じ入ったような顔をしている。
「院長……」
「まあ、たらればの話だがね」
 あの高辻家のパーティーに架純を同伴者として連れて行った日、院長は遅れて到着したらしかった。
 会って話をしたかった、と後日ごねられたが、パーティー内の理人と架純を見ていたらしい人物から噂を聞きつけ、二人の関係を察したようだ。
 そして今回の騒動と緊急手術の件についても気にかけてくれたのだろう。
「院長、彼女の手術の件ですが……」
「まぁ、待ちなさい。しばしば議論を重ねることは必要だろう」
 先を急ごうとする理人に、院長は小さくため息をついた。それから考えをまとめるように目を瞑ってから理人を見やる。
「同じ症例の患者が何人かうちの病院にいるね」
「はい」
「先日、検証に検証を重ねてきた、議題にあがった手術方法について。試しみる価値は大いにあると私は考えている。成功例ができれば、それだけ諦めなくてもいい命が増えるわけだ。しかし彼女を実験台に、とは考えていない。一方で時間は無限ではない……よく考えよう」
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