熱情を秘めた心臓外科医は 引き裂かれた許嫁を激愛で取り戻す
「はい。もしも決断を迫れた場合は……そのときは、俺に執刀させてもらえませんか」
 理人の申し出に十和田院長はしばし黙りこんでから頷いた。
「君がこの先、何があってもメスを握れなくなるようなことがないと誓えるのなら。私は君のように医療への正しい情熱に生きる優秀な医師を失いたくないからね」
 十和田院長はそう言い、激励するように理人の肩を叩くと踵を返した。
 理人は力の入りきらなくなりそうだった手を握ったり開いたりする。
 医療への正しい情熱とは何か。それはただ単純に患者を救いたいという精神でしかない。
 たとえ技術を習得しても現場では精神力がものをいう。まだ自分は志半ばなのだと思い知らされるばかりだ。
 焦燥に駆られる自分と共に冷静になるべきだと諭す自分がいる。架純の容態は安定している。ひとまずは休憩をとって一旦、頭を冷やすべきだろう。
「先生! 高辻先生!」
 理人の前に転がるようにやってきた青年がいた。その人物とは、廊下に架純が倒れていたときに看護師を呼んでいた彼だった。
「君は……陽樹くん」
 彼の担当の主治医は別の医師だが、心臓外科には症例にあわせたチームが幾つかあり、理人も彼のことはよく知っている。
「スミレは……大丈夫なんですか。助かったんですよね?」
 スミレというのはおそらくチャットネームだろう。架純が彼のことをハルと呼んでいたことを思い出す。
 二人は何か波長が合ったのか、意外なところに接点があったものだな、と理人は改めて思う。
「ああ、命に別状はない。今は個室に移動してゆっくり休んでいるよ。見舞いは落ち着いたころに顔をみせてあげてほしい」
 理人が説明すると、陽樹は体全体で息をするように脱力した。
「よかった……ありがとうございました」
 泣きそうになるくらい彼にとって架純は大事な友人なのだろう。それが伝わってくる。
「君も身体を大事にして」
「……はい」
 陽樹は返事をした側から俯いてしまった。
「どうした?」
 問いかけると、陽樹は何か気持ちを打払うように顔を上げ、理人をまっすぐに見た。
「スミレも……俺も、生きられますか?」
 理人は思わず息を呑んだ。
 陽樹のその眼差しが、どこか諦めた目をしていた架純と重なって見えたからだ。
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