第三幕、御三家の矜持
七、隠れない胸の内
「あの」


 キッチンのテーブルについて、お茶を飲んでいるその人に紙を一枚差し出した。その目はその手にある家具のカタログから離れない。


「……先日返却された模試の結果です」


 それでも、そう口にすると、素早く内容を確認する。一瞥(いちべつ)に等しいその動きで、私の大体の状況は理解したといわんばかりに、その目は再びもとのカタログに戻った。その手は紅茶を淹れたカップをつまむ。もういいとは言われなかったけれど、もう要らないのだろう、そっとその紙を手に取った。閉じて差し出せば、今度は開くくらいはしてくれるだろうか、そんな構ってちゃんみたいな思考を抱えたまま背を向けて──カチャンッという激しい音に肩を震わせた。


「……この間、松隆さんの奥さんからお電話があったわ」

「え?」


 てっきり(なじ)られるものだとばかり思っていたせいで、驚いて振り向いた。その人は相変わらずカタログに視線を注ぎ続けていて、口だけが動いている。


「息子が旅行先で怪我をさせたようだから申し訳ないって謝罪をね。暫くしたら息子さんを連れて菓子折りまで持ってきてくださって」

「……すみません、大した怪我ではなかったのでなにも連絡しませんでした」

「そんなこと訊いてないでしょ」

「…………」

「腹立たしいのよ、そんな結果まで持ってきて」


 目と口に、静かな怒りが灯る。正確には、静かなのは見た目だけだ。


「もう見せないでいいわ」

「……すみません」

「なんで謝るの?」


 それなのに、遂に見た目にまで出てしまった。声を荒げたせいで口は大きく開いてしまったし、私を睨んだ目だって歪んでいた。


「あなたは何にも関係ない。あなたには何にも関係のないものを、そうやって、見せつけて! 松隆さんの奥さん、なんて言ったと思う? 娘さんにお怪我をさせて申し訳ないですって。優秀な娘さんに何かあったら、って! なんでよ!」


 ヒュッ、と私の頬の隣を掠めたカタログが、バンッと壁に当たって、バサッと床にずり落ちた。紙の摩擦熱で切れた頬が熱い。それでもきっと、今にも嗚咽しそうなこの人の喉のほうが熱いんだろう。テーブルについた手をぐっと握って、恨むように私を見る目だって、きっとそう。


「なんで、あなたが誰よりもあの人の子供なの!?」
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