第三幕、御三家の矜持
 いい加減にしろよ、とでも桐椰くんは続けようとしたのだろう。でもその時「おーい桐椰! 団長が呼んでる!」と教室の入口近くに座っていた橋爪くんの声で会話は途切れる。桐椰くんと私が同時に顔を向ければ、確かに見覚えのある男の人が扉のところに立っていた。早く来い、と桐椰くんを急かすように手招きしている。

 桐椰くんは食べかけのおにぎりをひょいと口の中に放り込むと、これ幸いと私との会話を中断して「なんすか?」と行ってしまった。しかも団長 (と言われてる人)が手を合わせて何かを頼み込む仕草をとっていたかと思うと、桐椰くんは弱ったように後頭部に手を当てて、分かった分かったとでもいうような仕草をとった。団長がバシッバシッと桐椰くんの肩を叩いて、「あざ!」と軽く手を挙げていなくなった。

 こちらに戻ってくる桐椰くんは困ったような恥ずかしいような難しい表情だ。


「どーしたの?」

「なんか応援団の一人が熱中症で倒れたらしくって……俺に代わりやってくれって言うから」

「えっ桐椰くん応援団の中に入るの!?」


 桐椰くんの返事にいち早く反応したのは私ではない──新谷さんだ。ついでにその新谷さんの歓声にも似た叫び声のせいでざわっと教室内の女子がどよめいた。私と桐椰くんだけがその情報の持つ意味が分からずに目を点にしている。


「えっ……あぁ……」

「応援団って本部の真正面じゃん! めっちゃくちゃ写真撮ってもらえるじゃん!」

「やったあぁぁ桐椰くんの写真手に入れたも同然!」

「放送委員やっててよかった……」


 ……なるほど、新谷さんや岡本さんが手を取って喜びあっている理由はそこにあるのか。ただの生徒の場合、演技中は有象無象と化してしまう。それが応援団になると、本部──つまりカメラマン常駐──の真正面という特等席で演技をできる。写真に写りたい人、写真に写してほしい人を配置する絶好の位置というわけだ。

 因みに、うちのクラスで桐椰くん推しといえば檜山さんもいるのだけれど、松隆くんが舞浜さんの机を蹴って檜山さんに告発を唆した一件 (もう松隆くん事件と名付けよう)以来、檜山さんはその存在をできるだけ消しておこうと言わんばかりの大人しさだし、舞浜さん達とも一緒にいなくなってしまった。尤も、舞浜さんは見当たらないので、噂通り医務室に直行したようだけれど。

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