第三幕、御三家の矜持
 それは、期待していた返事ではなかった。今までの桐椰くんなら「お前にガチで告白してどーすんだよ」と鼻で笑ってもおかしくなかった。そうしたら私は「失礼な!」と憤慨して、「私はそれなりに可愛いですよ! 飯田さんもそう言ったじゃん! もしかして元カノが美人だから目が肥えてるのかな?」とすかさず反撃して、そうしたら桐椰くんは「蝶乃は関係ねーだろ!」と怒る。そんな会話のシミュレーションはいつもなら現実のものになるのに、どうしてか私の頭の中に留まっている。おかしいな、と視線を落としてしまった。どうして、桐椰くんと上手く会話ができないんだろう。

 第六校舎の入口まで来れば、桐椰くんは「できるだけ俺達の死角にならないところにいろよ」と言い残して中へ入った。了解でーす、と手を振って、私はそのまま第六校舎の裏庭に回る。いつも第六西にしか来なかったから少しだけ妙な気分だ。ひょいと顔を覗かせた裏庭は木々に覆われていて、まだまだ暑い季節だというのに気持ち涼しかった。ザァッ、と風に揺さぶられた木の葉と共に木陰が揺れる。太陽の光はあまり差し込んでこないけれど、第六西のことを知って間もない頃、教室から感じた妙な不気味さはもう感じなかった。

 そして、幸いにもまだ手紙の差出人は来ていない。今のうちに、ゆっくりと御三家がアジトにしている教室の前まで向かう。あまりに近くても差出人からアジトの中が丸見えになってしまうから、少し手前に陣取ろう。歩みを進めるその地面は柔らかくて、殆ど人が通らない場所のはずなのに、いつも人が通っているような感触がした。どうしてだろう、なんて疑問には、一本の大木の脇にちょんとある花が答えた。


「……あ」


 両手に乗るくらいのサイズの、丸みを帯びた石と、咲いている一輪の花。そこにあるというよりも、そこに植えたのだと、なんとなく分かってしまった。思わず第六校舎を見上げる。そうか。ここは、透冶(とうじ)くんが死んだ場所なのか。

 どうりで、この地面はいつも人が通っているような感触がしたわけだ。あの三人が定期的にここに来ているんだ。お墓に見立てたその石の周りだけ土の色が違うことが、それを物語っている。あの三人が、時に黙って手を合わせたり、時に透冶くんも交えてるようにお喋りをしている様子が目に浮かぶ。

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