第三幕、御三家の矜持
 雨柳(あめやなぎ)透冶くん。誰も、その死を知らない人。みんなが口々に褒め(そや)す御三家のもう一人の幼馴染。透冶くんの存在をなかったことにするかのようにみんなに忘れ去られた“雨四光”という呼び名。御三家と生徒会の対立を花札に見立てた文化祭の標語によれば、私を迎えた御三家は鹿島くんを筆頭とする猪鹿蝶に四光として勝利した。それでも、透冶くんはいない。あの御三家が三人揃って心を許すような相手はきっともういないだろう。仮に現れたとしても透冶くんの代わりになることはない。あの三人は、ずっと一人が欠けたまま過ごすんだろう。

 この裏庭に当初感じていた奇妙な不気味さを今感じなくなった理由は、なんとなく分かった。御三家のことを知っているからだ。あの時は、幼馴染の死の呪縛から逃れられない、逃れようとしない三人に、どこか不気味さを感じていた。でも今は、あの三人の仲の良さを知っているから、御三家を名乗る彼等に不気味さは感じない。あの三人の背中に漂うのは、優しさからくる無力感と寂寥(せきりょう)感だ。

 あぁ、とその感覚を共有してしまったような烏滸(おこ)がましい気持ちを抱きながら、其処(そこ)(たたず)む。本当に、御三家は──。


「桜坂、さん?」


 その思考は知らない声のせいで途切れた。振り向いたところに立っていたのはきっと手紙の差出人で、私の知らない人だ。焦茶色の髪をこざっぱりと整えて、襟が濃紺のチェックになった白いポロシャツを着ている。花高の夏服は選択式なので、松隆くんや桐椰くんみたいに冬と大差ない長袖のシャツを着て腕まくりしている人もいれば、月影くんみたいにズボンとお揃いの柄の襟になってるポロシャツタイプを着ているひともいる。この人は後者だ。そのタイプのシャツを着ているのは運動部の人に多いイメージがあるから (月影くんは例外だ)、もしかしたら運動部の人かもしれない。背はあまり高くなくて、多分一七〇センチないくらいだ。純真そうな目が桐椰くんと似た系統だと思わせる。


「……どうも。桜坂です」

「あ、えーと、鳥澤(とりさわ)章時(あきよし)です……」


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