第三幕、御三家の矜持
 ま、あとはせっかく顔がいいんだから上にしないと勿体ないよね、なんて残念な感想にがくっと肩を落としたとき、ピーッ、と再び笛が鳴った。団長は──他の騎士は上裸なだけだけど、腰まで丈がある上衣を着ているので分かる──戦国マニアなのか「右翼、一年から切り崩せ!」なんて仰々(ぎょうぎょう)しい指示を下す。拍子に赤い上衣がはためいた。因みに桐椰くんは右翼だ。

 わっ、と赤組騎馬が黄組に突進する。 (多分普通だと思うのだけれど)何の戦略もなくごそっと前進していただけの黄組騎馬が狼狽(うろた)える。


「桐椰からは逃げろ! 一年で数稼げ!!」


 軍の狼狽(ろうばい)を声にしたかのような黄組団長の指示は適切だった。特に知り合いもいないのでずっと桐椰くんの騎馬を目で追っていたのだけれど、桐椰くんを支えるために選抜された騎馬は屈強で足が速い。それに喧嘩慣れした桐椰くんが乗っているとなれば、取り敢えず相手に向かって手を伸ばしてみるだけの一年騎馬からハチマキをとるなんて、それこそ赤子の手をねじるように簡単だろう。次々と一年騎馬はハチマキを奪われ、降伏(こうふく)よろしく騎馬から降りていく。ちょっと面白かったのはハチマキを奪った桐椰くんがそっとハチマキを差し出して一年生に返してあげてたことだ。どこまでも優しいな桐椰くん。

 かと思えば、まともにやり合える騎馬相手とは取っ組み合いで対峙(たいじ)し、容赦なく崩す。ごろっと転がるように騎馬から落ちていく騎士達。なんだ、桐椰くんってちゃんと強かったんだな、なんて感想を抱いてしまった。薄情にも夏休みの記憶はすっかり薄れていたようだ、もう少しちゃんと覚えておこう。

 ピーッ、と再び笛の音がし、各組の騎馬は引き上げた。勝敗は一目瞭然。

≪初戦、赤組の勝利!≫

「完全に桐椰くんのせいだよねー、黄組が負けたのは」


 うんうん、とふーちゃんが頷く、そんな様子が視界の隅に映っていたとき、不意にふーちゃんの隣に黒いスーツのおじさんが現れた。


「えっ」

「あ、ありがとー」


 なんだ!?と慌てて顔ごと向けたときには消えていた。忍者か幻覚かどっちだ、なんて目を白黒させていると、ふーちゃんは双眼鏡を覗き込み始めた。


「……えっ」

「あ、亜季のぶんも届けさせたよ。はい」


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