第三幕、御三家の矜持
「桜坂さん」


 映画館が入っているビルの入口。顔を向けると、やっほー、とでも聞こえてきそうな陽気な雰囲気で鳥澤くんが手を振ってくれた。さすがバスケ部男子、普通の私服だけれど爽やかだ。


「久しぶり」

「うん、久しぶり。あ、ごめん待った?」

「ううん、今来たよ」

「そっか、あの、今日はありがとう。雨なのにごめんね……」

「こちらこそ。雨は気にしないで、どうせ中で見るものだから」

「よかった……。あ、気にしないと言えば、お試しだから、あんまり気にしないで」


 「ん? いや、気にしてはほしいんだけど……あれ、何を気にしないんだ?」と鳥澤くんは一人で首を捻っている。御三家の三人にはない反応なので、思わず和んでしまった。

 ──今日は、お試しデートの日である。映画に誘われて一度は断ったものの、何度も食い下がられ、「一回だけ! 恋愛対象に見れるか試すのでいいから!」と学校でも直接頼まれては断り方が分からなかった。

 そして、廊下でそんな話をすれば当然御三家の耳に入るわけで。

『ふーん、映画館ね。俺が初デートで絶対行きたくないところか』

『いやリーダー、そんなこと聞いてないです』

 第六西にて、作戦会議が開かれた。

 まだ何も事件は起こってないけど、鳥澤くんデート事件だ。松隆くんの個人的な意見はさておき、桐椰くんと月影くんは大真面目に考え込んだ。

『暗闇というのは厄介だな。ミステリーの現場にでも使われそうだ』

『そんな怖いこと言います?』

『いや実際あぶねーだろ、暗闇は。俺達真後ろに座るか?』

『ストーカーじゃないですかそれ』

 とはいえ、ただの暗闇ならまだしも、映画館という暗闇で何か事件が起きるだろうか? 殺人事件ならまだしも、変に誘拐したり脅迫したりは寧ろ難しい場所なのでは……。

『というか“軌跡”って……ヒロイン死亡確定のありがちなお涙頂戴ストーリーじゃん』

 そんなことを考える私の前で、松隆くんはうんざりとした表情で頬杖をつく。映画をよく見る松隆くんは最新映画のあらすじもしっかり把握しているというわけだ。

『松隆くんは“感動の実話、あなたも涙を流さずにはいられない!”みたいな煽り嫌いそうだもんね。でもだからって世間で話題の映画をそういうふうに言うのはよくないと思うよ!』

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