第三幕、御三家の矜持
「それにほら、お試しに来てもらったのは俺だから」


 寧ろお試しなら自分で払うべきだと思うんだけどな……。そう思うけれど、お財布をポケットに入れてしまった鳥澤くんが私からのお金を受け取る気配はない。


「じゃあチケットはありがとう。代わりにポップコーン買ってくるね、何味がいい?」

「え、うーん、じゃあバターかな? ありがとう」

「おっけいです。発券したらエレベーターの前で待ってて」


 発券待ちの鳥澤くんを残し、売店の前に並ぶ。手筈通り、御三家LIMEにメッセージを投下。

≪“good-bye my...”に変更。座席はF8と7≫

≪了解≫

 すぐに松隆くんから返事が来た。次いで≪真後ろ三つ空いてるからとった≫とのメッセージ。ゲッ、と顔がひきつる。空席が多いとはいえ真後ろが三つ空いているとは……。最早鳥澤くんのプライバシーは御三家に侵害される運命にあるとしか思えなかった。続いて、ポン、と松隆くんのメッセージが更にとんでくる。

≪公開直後の週末なんだから売り切れるだろうとは思ってたけど。よかった、別のになっててくれて≫

 事前にチケットを買うようアドバイスをしなかったのは、あわよくば別の映画になってほしいと思ってたからだろう──私と同じく。鳥澤くんが抜け目ない性格じゃなくてよかった。

 その遣り取りを終えた後、売店のメニューを見上げる。そうだ、他に何か欲しいものがないかも聞けばよかったな。でも……、ポップコーン以外にもご飯になりそうなものはあるけれど、コスパが悪いからいいか。


「ポップコーンのバター味ひとつ」

「ふーん、そこは桜坂が払うんだね」


 そして、目の前のカップルがいなくなって無事注文ができたかと思えば、私の声にこたえるように背後から楽しそうな声が聞こえた。それだけでゾゾゾゾッと背筋が震える。


「駿哉、ポップコーン何がいい?」

「塩かバター醤油だな」

「じゃ塩で」

「いや俺の意見聞けよ」

「俺は塩が良かったから、二票入ったヤツが優先」

「俺がバター醤油いいっていったらどうすんだよ!」


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