第三幕、御三家の矜持
 因みに、桐椰くんと私の喧嘩、保留という名の永久凍結。もちろん、第六西での言い争いはなかったことにはなってない。日曜日と振り替え休日の月曜日を終えて火曜日、桐椰くんに拗ねた表情で「悪かったよ怒って」と謝られてしまった。そんなことをされては私も毒気を抜かれるというか……、そもそも冷静になると私が悪かったし、反省をして罪悪感も掻き立てられた。結果、「私もすいませんでした……」と謝罪。それによって、なんというか、あの口論についてはお互い触れないでおくことにする暗黙の協定みたいなものが出来上がった。それ以後、桐椰くんは普通だ。

 何も解決してないし、何も後退してないしもちろん何も進展してない。でもこれでいいとするしかない。もういい加減、桐椰くんも愛想を尽かしたはずだ。これで、私と桐椰くんは変わらずにいることができる。火曜日のことを思い出し、ほう、と安心して息を吐きだした。

 座席に着けば、シアター内では既に最新映画の予告が流れ始めていた。ポップコーンは座席の真ん中に置いて、お互いに少しずつ手を伸ばして支えた。


「監督はアニメーション映画の大家だから、作画がすごく綺麗なのは保証するよ」


 スマホの電源を切る前に、鳥澤くんは“good-bye my...”のホームページを見せてくれた。トップは、青年三人と少女一人が背中合わせに立っているイラストで、その右下に監督の名前が書いてあった。確かに、疎い私でも見覚えがある。


「原作──というか脚本は成葉(なるは)菖子(しょうこ)なんだけど、さすがにこっちは知らないよね……」

「んー、そうだね、名前は知らないや……。何か有名なのある?」

「最近だと“I wanna kill myself.”かな」

「あ、CMで見たことある。幼馴染に片想いしてる話だよね?」


 “I wanna kill myself.”は予告に覚えあがった。だってタイトルがこれだったのに中身が学園舞台の恋愛ものだったからだ。「ずっとずっと、私は──」なんてヒロインの台詞から始まる予告。片想いする幼馴染にはどう考えても別の好きな人がいる、というありふれた話なのだけれど、“あなたに、その嘘を見抜くことができますか?”なんて煽りの通り、最後の最後にどんでん返しが待っているのだとか……。結局見てはいないのだけれど。


「そうそう」

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