第三幕、御三家の矜持
「ほら、好きな人には幸せになってほしいし。ラシェルはエメのプロポーズを断ってはいるけど、ちょいちょいいい感じのシーンもあったし、多分ラシェルもエメを好きだったんじゃないかなって俺は思うんだ」
「自分のことを忘れられても、エメが幸せな家庭を築くのがラシェルにとっての幸せでもあったってことだね」
「うん、俺はそうだと思う」
私にとってはエメが松隆くんとだぶってたせいでラシェルが私にしか見えなかったので、若干──というか激しく複雑な気持ちはある。なんならラシェルがエメを拒みきれずに細やかなラブシーンも入ってたので、必死に頭の中のシンクロを解除する羽目になった。
でも、鳥澤くんの見方には共感する。
「まぁ、自分の生きてた記憶を消すなんてファンタジーでしかできないことだから、そんな幸せの願い方は現実じゃできないけどね。桜坂さん的にはバッドエンドだった?」
「んー、私は……」
好きな人の中から、生きていた記憶を真っ白に消して、気付かれないうちに消えること。自己満足的に残した細やかな贈り物がお約束的に記憶を喚起するなんてこともなく、ラシェルがいなければ為し得なかったことが成果として三人の中にも残っているのに、それに違和感を抱くこともない。
現実では有り得ない、ある種ご都合主義みたいなファンタジー。
「理想的な死に方だった、かな」
売店のある一階まで戻って外を見ると、今朝から降り続く通りの雨模様。映画を見る前よりも少しだけ強くなっていて、そんなに強い雨じゃないけど、足元が濡れるのは免れなさそうだ。
「やまないね」
「昨日降る予定だったのに降らなかったもんね。今日は一日雨かな」
別に雨女ってわけじゃないんだけどなぁ、とぼやきながら傘を開く。鳥澤くんはちょっとだけわざとらしくもたもたと傘を開いた。
「えーと、その、桜坂さんは今日は早く帰らないといけないとかある……?」
「んー? んー……」
そんな日は私にはない。が、早く帰らないといけないって言ったほうがいいのかな……。でもまだ四時前だから、早く帰るっていうのは変かな……。
「まだ時間があったらお茶でも……ほら、ジュースも何も飲まなかったから喉渇いたかなって。用事があるなら全然いいんだけど」