第三幕、御三家の矜持
 立っているのは、雅──だと思う。いや、間違いなく雅だ。だって声が雅だ。でも、あまりに変わってしまった見た目のせいで疑念を抱かざるを得ない。


「どうしたの、その頭……」


 黒のベリーショート。だらだらと伸ばしっぱなしで気が向いたときにバサッと切っていた髪の面影はない。それだけでも十分別人みたいなのに、色も黒だなんて、雅の髪って黒かったんだ、なんて莫迦みたいな感想を口走ってしまいそうになる。しかもマスクもつけてない。

 諸々(もろもろ)の違和感。普通に見れば変なところなんて一つもない。でも、声だけが間違いなく雅で、雅で間違いないと確信できる要素が声だけで、私からすれば違和感だらけだた。じろじろと注視して、記憶の中にいる雅と一生懸命目と鼻と口と輪郭とを整合させていく。そうすればちゃんと雅だった。目の前にいるのは、雅だ。

 当然、髪型以外は何も変わっていない。ただ“どこにでもいそうな高校生”になっただけだ。でもそれが私にとっては激しい違和感を生む。

 私が唖然としていたせいか、雅は「いーやー、さすがに反省をと思って……」と視線を泳がせる。


「反省って……」

「や、その、あんま亜季に迷惑かけてもあれだし……な?」


 鳥澤くんがいるからだろう、雅は言葉を濁す。そのせいか、鳥澤くんは私と雅をちらちらと見比べていたのだけれど、ややあって立ち上がった。


「ごめん桜坂さん、ちょっとトイレ行ってくるよ」

「あ、うん……ありがとう」


 気を遣わせてしまった……。そしてうっかりトイレに行くタイミングで鳥澤くんは御三家のテーブルの横を通りかかってしまい「うぇっ!?」と変な声をあげていた。松隆くんが「どうも」なんて胡散臭(うさんくさ)い笑顔と共に返事をしている。因みに顔を上げた桐椰くんは普通にスイーツを頬張っていた。何を満喫してるんだあの不良くん。


「……御三家?」


 そしてごく当然の疑問を抱く雅。雅が遂げた変貌(へんぼう)に対する私の疑念とは比にならないレベルの疑念が、雅の目に浮かんでいる。その目はそのまま私を見た。


「亜季……、とりあえず今ってどういう状況なの……?」

「……生徒会の罠っぽい告白を怪しんだ御三家が、私とさっきの男子とのデートを監視してる状況」

「え、アイツ亜季に告白したの? 身の程知らずだよなぁ」


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