第三幕、御三家の矜持
 ヘヘッ、と仕方なさそうに笑われては何も言いようがない。「まぁ、そうかもしれないけど……」なんて曖昧な返事をすれば、店内の仕切りの(そば)に鳥澤くんが見えた。いい加減時間を稼ぐ口実もなくなってしまい、戻る場所をなくしてそわそわしているんだろう。雅もそれに気が付き、ひょいと手を挙げる。


「じゃな。誘われて行ったデートなんだから男に(おご)らせてもバチは当たんねーぜ」

「そんなことしないよ」


 どうやら雅もトイレに行きたかったらしい、鳥澤くんと擦れ違うように行ってしまう。もちろん御三家の隣を通ったのだけれど、どうやら黒髪になった雅は雅と認識されなかったらしい、桐椰くんと松隆くんは不審そうに視線を向けるだけだった。私と一緒に喋ってるのは見たけど何の知り合いだ、なんて思ってるんだろう。

 当然、わざわざ気を利かせて席を外してくれていた鳥澤くんも似たような疑問は抱くわけで、席に着きながら「友達?」なんて首を傾げる。


「うん、中学の時の同級生」

「それならもっと話したいんじゃない?」

「ん……」


 コーヒーカップの中に視線を落とす。そう、髪型のインパクトのせいで、再会したときに真っ先に訊きたかったことを訊き損ねてしまった。

 あの事件の前に、雅を脅した人は誰、と。


「……大丈夫。また会えるし」


 でも今、御三家もいる場所でできる話じゃないな。雅の連絡先も知らないし、知っていたところでLIMEよりも直接話したいし、今のところはいい。


「……そう?」

「うん」

「連絡先は分かるの?」

「ううん、」

「それなら訊いといたら」

「うん?」


 妙に食い下がるな、と顔を上げると、鳥澤くんは苦笑いを浮かべていた。


「だってほら、またいつでも会えるって思ってても、連絡先とか知らないと会いにくいし」

「……そうかもしれないけど、高校も知ってるし」

「でも直接行かなきゃってなると、まぁいいかまた今度ってなっちゃうことない?」

「……まぁあるかも」

「だから訊いてきなよ」


 誤魔化すように紅茶を口にした鳥澤くんは俯いていて、その心は読めない。


「いつ何があるか分からないからさ。また会えるって油断しないで、目の前にいるときに言いたいことも訊きたいことも、ちゃんと言葉にしたほうがいいよ」


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