第三幕、御三家の矜持
「それでも午後を潰されたことに変わりはないが?」

「月影くんはコーヒーだけ飲んでたんでしょうか、ありがとうございました」


 ただ月影くんには何も言えない。ぺこりと頭を下げた。


「ていうか、プチ・デジュネで話してた男、誰?」

「菊池だな」

「は?」

「え?」


 そして、やはり雅に気付いていなかったらしい松隆くんと桐椰くん。月影くんは気づいていたらしいので、ますます松隆くんが眉間の皺を深くする。


「誰だろうって話してたとき、何も答えなかっただろ」

「答えなかっただけだ。知らないとは言っていない」

「…………」


 松隆くんのこめかみに青筋が浮かぶ。ただ月影くんが何も言わずにいた理由もなとなくは分かる。雅だと分かれば、松隆くんがあの場で文句の一つや二つは言いに来てもおかしくはなかったかもしれない。

 ただ、月影くんが分かったのは意外だったな……といつもの無表情を見上げる。雅は御三家のテーブルの隣を通り過ぎただけだから顔をよく見る時間はなかっただろうし。そう考えて、夏に月影くんと雅は会ってたんだということを思い出した。あの時点で雅が金髪を坊主にしていたというのなら、一目で分かってもおかしくない。


「で、鳥澤はどんな感じ?」

「えー、未だグレーです」

「その根拠は?」

「んー、雅の連絡先訊いといたら、って結構しっかり言われたから」


 どういう意味だ、と桐椰くんが首を傾げる。


「いつ会えなくなるか分からないんだからちゃんと連絡先は訊いておきなよって。なんかわりと重い感じで言われたのが気になって」

「それを根拠にグレーって言うってことは、鳥澤が菊池を使って桜坂を陥れるか、桜坂自身を陥れるかするんじゃないかってこと? ちょっと考えにくいよね」


 松隆くんの挙げた可能性に頷くと、続く言葉に否定された。


「サスペンスやサバイバルホラーの世界じゃあるまいし、その二つは殺害って選択肢があって初めて生じる可能性だろ。鳥澤がサイコパスでもない限り考えにくいんじゃないかな」

「まぁ……それはそうですが……」


 過激な単語の数々に思わず口籠る。だが言われてみれば確かに。


「もしくは菊池に猛省を促すような事件を起こして二度と桜坂に会えなくさせる? それも有り得る可能性としてはちょっとね」


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