第三幕、御三家の矜持
 さらりと告げられたその可能性は、夏の事件以来松隆くんが持っている意見のような気がした。お陰でむっと顔をしかめてみせるけれど、松隆くんは気づいていないふりをする。


「だからそれは鳥澤自身の価値観に過ぎないんじゃないかと思うけどね。価値観というか、経験みたいな気はするけど」

「まー、あんまり黒っぽくないよなぁ。他の会話はどんな感じだったんだ?」

「もちろん御三家がストーカーしてるので御三家との仲は訊かれましたよ」


 ストーカーを反省しているのか、さっと桐椰くんだけが目を逸らす。鳥澤くんが口にしたのは「あの三人って特別女子と仲良い様子ないけど桜坂さんとは仲良いよね」「体育祭のときも話したけど、特に月影は女嫌いで通ってるのに」「桐椰なんて見た目怖いって思わなかったの?」なんて無難な話だけだ。因みに「最初も話したけど、松隆なんて一目惚れしてもおかしくなさそう」とまで言われてしまったので硬直してしまった。

 そんな松隆くんへのコメント以外の御三家関連の話を三人に提供しても、これといって結論は出ない。桐椰くんは「もういんじゃね?」なんて投げやりだ。


「そんな警戒しなくてもいい気がするじゃん、話聞いてる限りただの大人しいヤツだし。マジで何もしてこなさそう」

「それが油断を誘ってるのかどうなのかが保留なんだろ、何回も言わせるなよ」

「まぁそうだけどさ」


 (らち)が明かないとはこのことだ。こんなところで立ち話も嫌だと感じたのだろう、月影くんが皺をほぐすように眉間に指をあてる。


「……鳥澤のことは様子を見ておくほかないな。接触時はなるべく気を配るようにする以上、できれば今後はデートなどという手間はかけさせないでほしいが」

「貴重な午後を潰してしまい大変申し訳ございませんでした」

「全くだ。以後きちんと断れ」


 深々と頭を下げると、私が顔を上げる前に月影くんは(きびす)を返してしまった。帰るらしい。月影くんが歩き出したのを合図にしたように私達も歩き出す。


「ところでみなさんはどうでした? 映画のほう」

「俺は満足してるよ、成葉の脚本は結構好きだし」


 なるほど、松隆くんもあのバッドエンド脚本家がお好きでしたか。一番文句を言ってた松隆くんが一番満足しているようですね。


「お前はそうかもな……」

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