第三幕、御三家の矜持
 別に困りはしないけれど、疑問ではある。でも告白を断っておきながら「なんで私なんですか?」と訊けるほど私の神経は図太くなかった。それどころか「連絡先貰えただけでもよかった」とはにかんでみせるその笑顔に申し訳なさばかりが募った。では行きましょうか、と促してのろのろと歩き出せば、そんなとろい私の歩く速さに合わせるように鳥澤くんもゆっくりと隣を歩く。


「桜坂さんはこれから帰るの?」

「ん、んー、ちょっと、用事済ませようと……思ってるところです」


 第六校舎の裏庭を立ち去りながら言葉を濁す。御三家のアジトに行きますとは言えないし、そもそも告白された相手に別の異性の存在を匂わせてはいけない気がした。鳥澤くんは「あー、そっか……」とまた後頭部に手を当てる。どうやら、その仕草はなにか喋りにくいことを喋ろうとするときの癖のようだ。


「その……、体育祭の前日で部活休みだからさ。良かったら、その用事……」

「何してんの、桜坂」


 ──その鳥澤くんが蛇に睨まれた蛙のように硬直した。私だってその声に硬直した。冷ややかな声の主は今しがた第六西に向かおうとしていたらしく、校舎の入口扉に手をかけてこちらを見ていた。恐怖のあまり鳥澤くんの背後にある細い柱に隠れたくなった。ごくん、となぜか私が緊張の唾を飲みこむ。


「……いえ、その……ちょっと用事が……」

「鳥澤と?」


 なぜ鳥澤くんの名前を知っている。私にラブレターが届きましたの情報が耳に入ることはあっても差出人の名前は不明だったはずなのに。


「あ、二人共お知り合いで……」

「桜坂と鳥澤が話してるの見たことなかったんだけど、何の用事があったのかな?」


 そしてにっこりと、今日もリーダーは笑顔を浮かべる。ゾッ、と背筋に寒気が走ったのは私だけじゃないだろう。


「あ、いや、悪いことはしてないです!」


 次の瞬間、まるで弁明でも始めるかのように隣にいる鳥澤くんが慌てて手をぶんぶんと振った。それはもう、私に風が送られているのではないかと思うほど。


「あと桜坂さんは何も悪くないです! 俺が用事あって話してて、」


 いや、まるで弁明というか完全に弁明だ。完全に上司にマズイところを見られた部下の図。


「だから、その用事なに?」


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