第三幕、御三家の矜持
「意外と知られていませんが、彼は面倒見が良く、責任感も強い人です。実際、私は彼とは十年近くの付き合いになりますが、何度彼に助けられたことか分かりません。今の私は、彼なしでは有り得なかった──」


 お陰で松隆くんの演説だって入ってこない。やっぱり松隆くんって喋り方上手なんだな、なんてことしか思えない。役員長立候補者の応援演説者には手元のカンペから顔を上げない人さえいたのに、松隆くんが視線を下げることはなかった。当たり前だ、松隆くんはマイクの前に立ったときからカンペなんて持ってなかった。


「彼が生徒会に入ることで、きっと生徒会の──否、学校全体の雰囲気が大きく変わるでしょう。ぜひ、桐椰くんに清き一票を、よろしくお願いいたします」


 あの松隆くんが、桐椰くんを褒めちぎった。妙な劣等感を抱いている松隆くんは、陰では桐椰くんのことを褒めてるけれど、桐椰くんの前では絶対にそんなことを口にしない。その松隆くんが、あろうことか公衆の面前で褒めまくった。


「続きまして、副会長立候補者、桐椰遼」


 それだけでも頭はパンク寸前だというのに、マイクの前の桐椰くんをまじまじと見れば、もう何がなんだか分からない。


「この度、生徒会副会長に立候補しました、桐椰遼です」


 桐椰くんの髪は、ダークブラウンになっていた。

 舞台の袖から出てきたときから、誰もが気付いていたその変化。何のつもりなの。どういうことなの。なんで松隆くんじゃなくて桐椰くんが立候補してるの。そのために髪の色を染め直したの。いや、そもそも根本的に、なんで生徒会副会長なんて立候補したの。なんでいつも乱暴な喋り方をしてるくせに、今はとってつけたような定型文を丁寧語で口にしてるの。


「今の生徒会なんて、ゴミだろ」


 ──不意にいつもの口調に戻った桐椰くんの声が、講堂内の空気を撫でた気がした。


「金持ち家庭の生徒がのさばっていいようにやってるだけの腐った組織だろ。そんな生徒会潰れちまえばいい」


 いつもより幾分低い声が、いつもより幾分鋭い視線も相俟(あいま)って、ずん、とお腹に響く気がする。


「偉そうな肩書を貰う代わりに、学校をより良くなんて曖昧なもののために駆けずり回るのが生徒会の本来の役目だろ。生徒に序列をつけて遊ぶための生徒会なんて要らない。そんな生徒会は俺が潰して変えてやる」

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