第三幕、御三家の矜持

 あぁ、本当、桐椰くんってどこにいても桐椰くんなんだな──なんて笑ってしまう。その口から出るのは、見た目からは想像できない正論と綺麗事ばかりだ。その後に続く演説の内容だってそう。誰も彼もが当選のために心にもなさそうな公約を掲げるくせに、どうせ桐椰くんは本気で生徒会組織を変えるつもりでいる。


「どうか、桐椰遼に清き一票をよろしくお願いします」


 視界の隅に映っていた月影くんに視線を向けると、その口の端が少しだけ吊り上がっていた。少し前から忙しそうにしていたのは、演説原稿の推敲(すいこう)を一緒に重ねていたからだろうか。やっぱり私に秘密で計画を進めてたんじゃん、と口を尖らせたくなった。

 桐椰くんの演説が終われば、喋り出すタイミングを待っていたかのように小さな声で騒めきが形成される。一番多いのは「なんで御三家なのに?」という敵対勢力にわざわざ入ることへの疑問。次に多いのが「桐椰くんってああやって見るとやっぱりかっこいいよね」という染め直しに対する賛美。その次に多いのはやっぱり「松隆様好き」だった。応援演説者が立候補者を食うことにならなかったのかどうかは微妙なところだ。

 司会者が再び「静粛に」と告げた後、残る二人の副会長候補者の演説があった。二人共現副会長で、一人は南波(なんば)くん、もう一人は当然蝶乃さんだ。蝶乃さんの演説はなんとなく興味があったので南波くんより真面目に聞いてみたけれど、聞く傍から忘れてしまった。とりあえず蝶乃さんは人前で喋るのが上手なほうではないことが分かった。


「では最後に、生徒会長立候補者、鹿島明貴人、応援演説者、笹嶋(ささじま)佑平(ゆうへい)


 代わりといってはなんだけれど、笹嶋くんの後、鹿島くんの演説は、やっぱり上手い。鹿島くんを嫌いでも、生徒会長にするのは良いんじゃないかななんて思ってしまうほど。ただ、その口は大抵の生徒にとって寝耳に水の公約を掲げる。


「指定役員以外、指名役員、希望役員、無名役員の制度を廃止します」


 今度こそ、生徒が一斉にどよめいた。中には「は? 何言ってんだ?」と悪態を吐くような声まで聞こえた。松隆くんと桐椰くんが壇上にいたことに比するほどの驚きに包まれ、司会者が「静粛に!」とマイクを通じながらも声を張り上げた。


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