第三幕、御三家の矜持
 笑顔が怖いですリーダー! 鞄を肩にかけたままポケットに突っ込まれた手はもしかしたら拳を握りしめてるんじゃないかとさえ思ってしまった。つかつかと歩み寄って来る松隆くんに鳥澤くんだって私の隣で狼狽している。とても同級生と話す態度ではない。


「えっと……その、なんでもない、です……」

「だったらこんなところにいないで体育祭の練習でもしたほうがいいんじゃないかな? 体育祭は運動部の活躍の場だし」


 それは親切心からの言葉なんかじゃあない。その目が「早くどっか行けよ」と告げている。鳥澤くんは縮み上がっているようだけれど──ここで引いては折角の勇気が無駄になると思ってしまったのだろうか──先程のなんでもないという言葉を撤回すべく、ぐっと拳を握りしめて意気込んだ。


「じ、実は俺、桜坂さんのことが──」


 が、鳥澤くんが勇気を振り絞って二度目の──なんなら多分私に告げたときの五倍くらいの勇気を振り絞った──告白をしようとしたとき、ダンッと柱に手がつかれた。壁ドンならぬ柱ドン──なんて冗談で笑ってる場合じゃない。ひくっ、と鳥澤くんの顔が引きつる。それでも柱ドンした松隆くんは笑顔だ。


「あぁ、なに? 桜坂のことが? 続けていいよ」


 その顔が続けることを許してないじゃないですかリーダー! こんな状況で続けられるわけがないじゃないですかリーダー! 鬼畜ですよリーダー!! 柱ドンされてる鳥澤くんが恐怖のあまり完全に言葉を失っている。


「……いえ、なんでも、ないです……」

「あ、そう」


 あたかも鳥澤くんは自分の意志でそう口にしたかのように松隆くんは応えたけれど、脅迫だ。完全に脅迫だ。魂を抜かれたように呆然と立ち尽くしていた鳥澤くんは、松隆くんが手を引くと同時にはっと我に返る。そのまま、未だに目の前に立ちふさがる松隆くんに恐れをなしたように後退り、「じゃ、じゃあまた連絡するよ桜坂!」となんとか細やかな反抗を私の目も見ずにして脱兎のごとく走り去った。なんとも不憫だ、鳥澤くん。でも最期──いやいや最後にそんな台詞を残してしまうせいで、これから私が松隆くんにどんな尋問を受けることになるのかまでは頭が回らなかったんですね。実際、ぽつんと取り残された私を松隆くんはじろりと見降ろした。


「で、あれなに?」

「……一組バスケ部鳥澤章時くん」

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